常設飾り山笠、曲水の宴…名物の仕掛け人はこの人 田中諭吉没後50年

西日本新聞 ふくおか版 日高 三朗

 博多祇園山笠の「常設飾り山笠」、太宰府天満宮の「曲水の宴」-。今や福岡でおなじみの祭事やイベントを仕掛けたアイデアマン田中諭吉(1901~70)が亡くなって今年で50年。諭吉の孫の美帆さん(41)=福岡市=は、新たに見つかった日記から諭吉の人柄に迫る記事を郷土史誌「福岡地方史研究」(9月刊行)に寄稿するなど紹介に取り組んでいる。戦後復興に貢献し、今も色あせない企画の数々とは。

 新型コロナウイルスの感染拡大で祭事や催しの中止が相次ぐ中、諭吉が生んだ行事はコロナ禍を乗り越える。7月1日、福岡市博多区の櫛田神社に新装された飾り山笠がお目見えした。祭りは延期されたため山笠はこの1本のみ。市民を勇気づけた同神社の常設飾り山笠は諭吉が生みの親だ。

 西日本新聞社絵画班を退職後、広告会社にいた諭吉は神社の知名度向上と観光客誘致を目指して、博多祇園山笠振興会に提案。「永代奉納番外飾り山笠」と称し自筆の絵を添えた企画書を示し、伝統を重んじる博多っ子を口説き落とした。

 3月に無観客で行われた曲水の宴も、歴史に造詣が深い諭吉が平安時代の故事を見つけ提案したものだ。はげ頭を逆手に「福岡光頭会」をつくり、自慢し合うコンクールも考案し、ユーモアあふれる座談会を企画した。

 美帆さんがこうした業績をまとめ、没後50年記念としてサイト(https://sites.google.com/view/koutoumukebunkazai/)を開設している(グーグルクロームで閲覧可能、一部は製作途中)。

 動画サイト、ユーチューブには、諭吉の親族が撮った昭和10年前後の貴重な映像を上げた。当時の山笠、福岡城の練兵場であった招魂祭(戦没者の慰霊祭)に参加する博多どんたくの通りもんが写っている。諭吉のアイデアの源泉ともなった、当時の博多風俗を垣間見ることができる。

 美帆さんは「諭吉は戦中戦後の暗い時代を光頭のアイデアで明るくした。コロナ時代にも、後々まで残るアイデアが次々と生まれてほしい」と話している。

(日高三朗)

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