世の中の秩序と常識にのまれ【壱行の歌 認知症を描く】

西日本新聞 医療面

若年性認知症当事者・福田人志さん寄稿(4)

 若年性認知症の診断を受けてから1カ月ほどたった2014年8月末には、体調がますます悪化していました。少し難しい問題に直面すると、頭が締め付けられるように痛くなったり、だるくなったりしました。そのたびに横になって30分から1時間ほど休むのですが、目覚めると、直前の記憶がなくなっていることが増えていきました。

 認知症になった悔しさと絶望感を乗り越える力は、私にはもう残っていませんでした。私が職場にいると周りに迷惑を掛けると思い、退職願を出しました。心底つらかったのは「明日から調理師として生きていけない」という現実でした。

 収入はゼロなのに、治療費や食費、光熱水費、保険料や車の経費などの支払いはどんどんやってきます。蓄えが底を突きそうで焦るばかりでした。たまらず地元の長崎県佐世保市役所の生活保護の係に相談に行きました。病状や経済的状況を担当者に説明し「一時的でいいから生活保護を受けたい」と伝えました。

 しかし返事は「全ての財産を処分してから話を聞きます」。車を手放し、生命保険や傷害保険を解約する必要があるというのです。将来への不安でいっぱいの私には、とてものめる条件ではありません。若年性認知症の人の状況に沿った支援をお願いしましたが、聞き入れられませんでした。

 帰り道、バス停の下の河原にサギがいるのを見つけました。よく見ると、上流からカエルが流されてきます。サギがくちばしにカエルを引っかけて助け上げたと思ったら、あっという間にくちばしの奥へと消えていきました。

 認知症になった私は、世の中の秩序と常識に流されて、カエルのように消えてしまうのだろうか。悔しさも薄れ、生きることさえストレスに変わっていきました。

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 ふくだ・ひとし 1962年、山口県岩国市生まれ。2014年、51歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断される。15年に「認知症サポート壱行の会」設立。長崎県認知症疾患医療センターに相談員として勤務する傍ら、当事者による全国組織「日本認知症本人ワーキンググループ」理事として政策提言もしている。

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