永井隆博士からもらった「平和の種」 育てた南阿蘇の児童が届ける

西日本新聞 長崎・佐世保版 山本 敦文

 長崎市上野町の永井隆記念館に26日、熊本県南阿蘇村の小学生たちが校庭に咲いたコスモスの種を届けた。コスモスは71年前、原爆で被爆した永井隆博士を見舞った村の中学生が種をもらい、平和の尊さを伝える花として育ててきた。

 同館によると、博士が晩年を過ごした住居「如己堂」の周囲には秋にコスモスが咲いていたという。1948年には米国のヘレン・ケラーがコスモスを手で折り、病床の博士に手渡したというエピソードもある。

 南阿蘇村の中学生が修学旅行で如己堂を訪れたのは、ケラーの翌年。永井博士から見舞いのお礼としてもらった種は生徒たちの手で育てられ、校庭で花を咲かせた。生徒たちはお礼の手紙を書き、如己堂との交流は51年に博士が亡くなるまで続いたという。

 校庭の花の種はその後も卒業式で配られるなどして村に広まり、平和学習で活用された。南阿蘇西小もそのひとつ。今年6月に苗を植え「自分たちで平和を広げるきっかけにしよう」と、修学旅行先の同館と長崎原爆資料館に種を届けることにした。

 この日は6年生21人が記念館を訪問。自身も原爆で重傷を負いながら被爆者の治療に当たった博士の生涯を学んだ後、代表の長野実緒(みお)さん(12)が博士の孫にあたる永井徳三郎館長に種が入った瓶を手渡した。

 「私も永井博士のように他人のことを優先して考えるようにします」と長野さん。同館では種を育て、来年の修学旅行生に配ることを計画している。

 (山本敦文)

長崎県の天気予報

PR

長崎 アクセスランキング

PR

注目のテーマ