『死霊魂』 中国の「右派」粛清地獄、ワン・ビン監督執念の記録

西日本新聞 吉田 昭一郎

 中国共産党が1950年代後半から党批判者を摘発して甘粛省の再教育収容所に送り、2500人以上が飢餓などで亡くなったという「反右派闘争」を巡って、生き残った人たちの証言を掘り起こしたドキュメンタリー映画「死霊魂」が11月2、3日、福岡市中央区のKBCシネマで公開される。世界で注目されるワン・ビン(王兵)監督による3部8時間26分の大作を一挙公開する。

 毛沢東主席の下、中国共産党は1956年、党批判も含め自由な発言を歓迎するという「百花斉放・百家争鳴」運動を展開した後、翌年一転して「反右派闘争」に切り替えた。党批判をしたなどとして知識人らを「右派」として粛清し、再教育収容所に送った。

 ワン・ビン監督は2005年から17年にかけて中国各地で関係者120人を取材し、未編集映像は約600時間に上った。このうち当時収容所に送られた15人とその家族ら計22人の証言をまとめた。彼らは撮影時、すでに80代前後で、これまでに多くが亡くなっている。

 証言者はしばらく黙り込んだ後にやっと語りだしたり、身ぶり手ぶりを交えてとどまることなく語り続けたりする。トラウマもうかがえる。「(収容所のことなど)誰も覚えとらん」と声を荒らげ、落ち着いてからぽつぽつと言葉をつなぐ人もいる。

 粛清の経緯は欺瞞(ぎまん)に満ちている。「『ほめ言葉だけでは信用を欠くから、党の問題を指摘しろ』と言われた。だから『欠点もある』と。それがまずかった。だまされた」「上司から何度も意見を求められ、仕事や人事について意見したら『右派』と認定された」。「職場人員の5%」「12%に増やせと指示が出た」など、粛清ノルマの数合わせで収容所に送られたとの証言も相次ぐ。

 甘粛省に3カ所あった収容所には計約3200人が送られ、生存者はわずか約500人だったという。飢饉(ききん)と重なったこともあり、餓死者が相次いだ。人肉食も起きた。生き残ったのは炊事係などか、脱走者だという。

 ワン・ビン監督は、証言者が黙り込む時以外、質問を差し挟まない。黙って延々とカメラを回す。証言者たちは当時の身辺を饒舌(じょうぜつ)に語る。個人的で断片的な話も少なくない。延々と語っていく先で、ふっと、心の封印を解くように仲間の死と遺体処理など収容所の闇を語りだす。一人一人の証言が積み重なって、事態の全体像が浮かび上がってくる。「高齢になり、死に近づいている彼らが消え去った仲間の顔と名前を思い出そうとする努力は、とても感動的だった」とワン・ビン監督は語る。

 収容所の管理側の証言も撮った。監視役だったその元職員は、余計な同情もせず与えられた任務をこなそうとしたと証言する。ユダヤ人虐殺に関わったナチス・ドイツのアイヒマンとの相似形がそこにある。本音も出る。下手に文句を言えば批判の的になる。環境への慣れも出るという。異論を排除する強権・独裁の果ての暗黒地獄。「君ならどうする?」。いらだって言葉を投げる元職員、ワン・ビン監督にやや緊張が走ったように見えた。

 収容所跡や死者たちが埋葬された原野を歩くワン・ビン監督。吹きすさぶ風の音と彼の足音だけが響く。人骨が散在する。髑髏(どくろ)も転がる。それらの骨を一つ一つ、無言でじっと映し連ねていく。長回しし、少し揺れながら進むカメラの映像は、彼の執念そのものだ。余計な仕掛けや技巧はない。「記録しないではおかない」という、まっすぐで愚直なまでの気迫が伝わる重量級のドキュメンタリーである。山形国際ドキュメンタリー映画祭の大賞受賞作。 (吉田昭一郎)

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