沖縄の怒り、挫折感描く 作家の大城立裕さん死去

西日本新聞 社会面 小川 祥平 藤原 賢吾

 【評伝】2018年9月13日の沖縄はさざめいていた。翁長雄志さんの死去による知事選が告示され、2日後には沖縄出身の安室奈美恵さんのラストステージが迫っていた。一つの転換期に、歴史や文化、地上戦、米軍基地と沖縄を丸ごと背負って書き続けた大城立裕(おおしろ・たつひろ)さん=27日、95歳で死去=に聞きたいことは山ほどあった。ただ、新刊本が取材の契機だったからか、事前にこうくぎを刺されていた。

 <政治の話はしないことにして、その取材をことわっています>

 穏やかな笑顔で迎えてくれた大城さんに、恐る恐る真意をたずねた。

 「もう疲れたんですよ。いつまでもいつまでも同じことの繰り返し。いくら言っても変わらない」。諦めにも似た表情だった。

 1967年に沖縄初の芥川賞受賞作となった「カクテル・パーティー」の主人公は、米軍基地内でのパーティーに招かれ優越感を抱いていた間に娘が米兵に強姦(ごうかん)されていた。戦勝国の米国、敗戦国の日本。占領され引き裂かれた沖縄の、個人ではあらがえない矛盾を描いた。72年に実現する祖国復帰を切望していた当時の民意に冷や水を浴びせた作品を、「作家根性で書き切った」と振り返った。

 芥川賞から20年以上、沖縄戦の長編を書くことを期し、ようやく激しい地上戦を描ききった93年の「日の果てから」で平林たい子文学賞を受けた。おびただしい死や血のにおい、爆裂音まで聞こえそうな小説。だが、大城さん自身は43年に上海の東亜同文書院大学予科に留学していたため難を逃れていた。

 「沖縄にいなかったから書けた。経験していたら書けないよ」

 46年に沖縄に帰り、破壊され尽くした故郷を目の当たりにした。言いようのない挫折感。まもなく文学を志した。一体、何が正しいのか? この思いを表現するのは文学しかなかった。

 「文学は人間探求。沖縄なら歴史に目を向けなければならない」。明治政府が武力にまかせ琉球王国を強制的に統合した「小説 琉球処分」のような歴史への視座が、作品に深い陰影を与えた。

 2019年2月、大城さんから連絡があった。「地元紙のインタビューに応じたから読んでください」。琉球新報1面で辺野古埋め立ての是非を問う県民投票実施に快哉(かいさい)を叫ぶ内容だった。

 <政治の話はしない>

 こう述べたのは、私が「大和人(やまとんちゅ)」だったからか? 戦争が終わり75年。大城さんが描き続けた沖縄の魂と大和との距離は、どれだけ近づいたのだろうか。

(藤原賢吾)

 

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