32年ぶり修復 赤き勇壮な「鯱」 晴れ舞台を心待ちに

西日本新聞 佐賀版 津留 恒星

曳山 駆けぬ秋~唐津くんち2020~(上)

 鮮やかな赤が秋晴れの空に映えた。

 18日朝、唐津市の唐津神社前。保存修復を終えた唐津くんちの13番曳山(やま)「鯱(しゃち)」が約1年ぶりに勇壮な赤い姿を現した。「迫力あるね~」「めっちゃきれい」。集まった老若男女は感慨深そうに鯱を見上げた。

 水主町(かこまち)がひく鯱は、海に住む想像上の海獣がモチーフ。1876年制作の初代の一部を用いて1930年に造り替えられた。その後2度修復されたが、漆の劣化や金箔(きんぱく)の剥がれが目立っていたため、88年以来、32年ぶりに修復した。

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 「本来は、くんち本番の3日間で曳山をひきたかった」。水主町の曳(ひ)き子を束ねる吉冨大悟正取締(52)は胸の内を明かした。

 唐津神社の秋季例大祭「唐津くんち」(11月2~4日)。今年は新型コロナウイルスの影響で、14台の曳山が笛や太鼓の音色に合わせて市街地を巡る曳山(ひきやま)巡行が中止になった。鯱は最大のお披露目の場を失った。

 修復には修繕を担った石川県輪島市の職人や、費用の一部を負担した町民など多くの人が協力した。みんな巡行を楽しみにしていただけに、中止は「残念の一言では済まないくらい複雑な気持ち」(吉冨さん)。町内では「せめて披露曳きだけでも」との声も上がったが、感染防止のため断念せざるを得なかった。

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 一方、修復作業は大きなトラブルもなく無事完了。吉冨さんは「ほっとした」と安堵(あんど)感をにじませる。

 幼少期、水主町に越してきたのを機にくんちに参加した。自然と魅力にとりつかれ、「ずっと曳山をひきたい」との思いで高校卒業後は地元に就職した。

 20歳で迎えた前回の修復時は、披露曳きで仲間たちと声高らかに町内を巡行。祝賀会中、屋外で曳山の番をしていると、町民らが入れ替わりでやって来て、うれしそうに鯱を眺めていた。町にとって曳山の存在の大きさを改めて実感した。

 それから約30年。今回は正取締として修復を見届けた。神社で神事を終えた後の関係者向け見学会では、大勢の人が生まれ変わった鯱を囲んだ。曳山はひけなくても、昔と変わらない光景がそこにはあった。

 見学会には、県外に移り住んだ曳き子たちも訪れた。「ものすごくエネルギーをもらった。次にひくときが余計に楽しみ」。その一人、堺市に住む金持(かなじ)義和さん(26)は目を細めた。

 「曳山はみんなの心のよりどころで、町の象徴。巡行できる日が来たら元気に修復を祝いたい」。吉冨さんはその日を心待ちにしている。 (津留恒星)

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 唐津くんちは今年、曳山巡行が中止となり、3日に神事のみ執り行われる。曳山が街を駆けない異例の年に何を感じるのか。唐津っ子たちの思いを紹介する。

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