「応援」と「声援」という言葉は、あまり区別せずに使ってきた…

西日本新聞 オピニオン面

 「応援」と「声援」という言葉は、あまり区別せずに使ってきた。ひいきのチームの活躍には「やった!」、劣勢には「頑張れ!」と声が自然と出るものだから

▼コロナ禍のことし、二つははっきり別のものに。スポーツの試合は無観客や入場者を大幅に減らして開催された。マスクを着け、隣とは離れて。「声援」はスタジアムから消え、声の代わりに盛大な拍手。「拍援」とも言えそうな新しい応援スタイルが定着した

▼プロ野球パ・リーグは、ホークスが3年ぶりの優勝を果たした。コロナで開幕が3カ月も遅れ、優勝の胴上げもビールかけもない異例のシーズン。それだけに、野球ができた喜びは選手にもファンにもひとしおだ

▼球音だけが響く静かな球場で選手は精いっぱい頑張った。とりわけ、2位にゲーム差なしまで迫られた窮地から12連勝しての劇的な優勝は、コロナに苦しむ人々への励ましになったろう。大きな声と拍手で「ありがとう」を送りたい

▼声は大きければいいものでもなさそうだ。オペラ歌手の池田直樹さんは音楽記号のフォルテ(強く)とピアノ(弱く)について「感情の爆発するところはフォルテだが、作品の大事なことはピアノの部分に書かれている」と

▼マスクの下の小さな「頑張れ!」は選手への、そして私たち自身へのエールになったはずだ。来季はコロナにも劇的に勝利し、声援も拍援もフォルテシモで楽しみたい。

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