新ガリバー旅行記(41) タリバンの「健全」【中村哲医師寄稿】

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 キリスト教徒である私がイスラム原理主義の急先鋒(せんぽう)、タリバンに一種の同情を寄せているのは奇妙だが、これには訳がある。

 八年前の一九九一年十一月、ソビエト連邦が崩壊した。一つの時代の終焉(しゅうえん)である。数千万人を犠牲にしてなった「社会主義世界」の誕生が、多くの人たちを引き付けたのはそう遠い昔ではなかった。「世界を揺るがせた十日間」は超ロングセラーだったし、ロマン・ロランをはじめ、多くの知識人たちが夢を託した。私の父なども「革命」の報を聞いてじっとしておれず、上京したのだそうである。一九一七年からちょうど四分の三世紀、うたかたの希望を人類に与えた影響力は無視できない。

 それに、「資本主義崩壊の歴史的必然性」、つまり「働かずしてカネがカネを生む、金融支配のカネ社会がいずれ崩れ去る」という考えは、今でも説得力を失ったわけではない。問題は崩れた後どうなるかで、希望的空想が猛威をふるったことだ。架空の空想にすがるのが、悪い意味の宗教である。そこで、共産主義は狂信的な宗教となった。理想郷実現のためなら、殺人でも謀略でも正当化された。他宗派を撲滅する運動で無用な敵を作った。宗派間の争い、魔女狩りの犠牲者は数知れない。

 見てきたようにロシア革命を語るのは、アフガン戦争の光景がまぶたに浮かぶからだ。共産政権下のアフガニスタンでは、一九七六年以来、度を超えたイスラム教迫害が行われた。同時に、共産政権内部で「人民派」と「戦旗派」が死闘を演じた。一方、イスラム主義を掲げる反政府党内部も、すさまじい内ゲバが続き、しまいにはゲリラ組織が敵政府の分派と内通、共闘する珍事さえ見られた。さらに米国を筆頭とする「民主主義勢力」の武器援助は、かつてのロシア革命時の白軍支援と同じく、大混乱を演出した。

 九六年、政権についたタリバン勢力の成功は、これらの混乱と二百万人の犠牲に対する反感を背景とするものであった。何でも昔にかえせばよいというわけではないが。伝統社会の常識を基盤にするという点で、タリバンはより健全さを保っていると思っている。

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