新ガリバー旅行記(45) 同文同様【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 日本に対するパキスタンのイメージは一般に良いが、正確な知識はあまりない。山の中で或(あ)る青年から、「日本に行きたいが、歩いて何日かかりますか」と真剣に質問されて驚いた。日本は中国の近くと聞いた。中国ならチトラールから数日も歩けば着く。そこから日本に入る―この程度の地理感覚だ。オランダの近くという説もある。ひどいものでは「米国の一州だ」という。外交方針を見れば是非もないが、こればかりは傷つく。

 パキスタン最北端、ヤルクン河上流のラシュト村に診療所を計画したころ、道路事情で苦心惨憺(さんたん)した。ちょうど、道路工事が中国の援助で始まったばかりだった。ある時、巨大な落石が道を塞(ふさ)ぎ、ジープが前に進めなくなった。待つこと半日、車両の渋滞で人々がしびれを切らし、監督官に詰め寄ったが、言葉が分からず埓(らち)があかない。そこで私が「中国人に似ている」というだけで勝手に代表にされ、交渉に当たらされた。

 監督官もまた、私を中国人だと思って話しかけてきた。こちらは中国語を知らぬ。相手に英語が通じない。窮して筆談を試みた。「吾(われ)、日本人也。医を以て此地の人民に資さんと欲す。急を要すれど、巨岩通行を阻む。請う、此を速かに爆砕除去せよ。而(しこう)して汝、人民の協和と感謝を得ん」我(われ)ながら甚(はなは)だ怪しげな漢文だが、監督官は笑顔で返事を書いた。略字ではなかった。「此地の百姓(人々)爆破を喜ばず、此を破砕すれば落石忽(たちま)ち民家に害を輿(あた)う。而(しか)れば百姓、暴を以て報いん」

 意味が通じた! 私はもう感激、調子に乗ってさらに書いた。「抑(そもそも)、道路は民を益す。憂慮する勿(なか)れ。吾、此地の言語を解す。即刻崖(がけ)下に赴き、百姓を説諭す。爆砕は可なり。謝々」と書くと、うなずいてテントに戻った。

 皆に説明すると、誰(だれ)かがすぐに道路下の農民を説得、退避させた。三十分後に轟音とともに石が粉砕され、道路が開通した。感謝されたが、それより筆談が通じたことの方が嬉(うれ)しく、あらためて中国文化に尊敬と親しみを覚えた。この時以来、中国人に間違われても、「日本人だ」とむきに主張しない。少なくとも「米国の一州」と思われる屈辱感がない。

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