そこまでする?母さんのハロウィーンが全力すぎるわけ 敦子

西日本新聞 山田 育代

シン・フクオカ人(7)

 誰かを手伝っているつもりが、気づけば自分が助けられていた。そんな時間の積み重ねが、人生を豊かにするのかもしれない。

 自転車で子ども会のハロウィーン会場へ急いでいると、出くわしたママ友の足が止まった。全身真っ青な敦子(48)の姿に笑い転げている。映画「アラジン」でウィル・スミスが演じたランプの精「ジーニー」そのものだった。

 全身タイツにヨガパンツ、運動靴に布を貼ったり、100円ショップの小物を加工したりして、合計5千円ほどで仕上げた。仮装5年目ともなると、ドーランの塗り方も慣れたものだ。

 「お母さんがそれやるの?って驚かせたい。みんなの引率役だから、動きやすくて目立つのも大事」

 子ども会の会長を頼まれたのは2015年。「ハロウィーンをやってみたい」と声が上がり、仮装した小学生と練り歩くようになった。福岡市中央区の春吉校区で今や風物詩となっている。

 生まれ育った春吉の子ども会は、小さな頃に母親たちが始めた活動だ。祭りにキャンプ、楽しい記憶がいっぱい。自分が親になってみて、わが子にも思い出をつくってあげたくなった。

 全力で仮装するようになったのは「楽しそうにしてたら、周りも付いてきてくれるかな」と思ったから。共働きが多い昨今、子ども会役員は誰も引き受けたがらない。「できる人が、できる時に、できることをやればいい」と自ら行動していたら、手伝ってくれる人がぽつぽつ出てきた。

 近所の交番に相談して道路使用許可を申請し、お寺や商店にお菓子の協賛を募る。子どもの仮装姿を見てもらおうと、高齢者施設にも声を掛けた。関わる人はさらに増えていった。

「アラジン」のジーニーになりきる敦子さん

 15歳でジャズダンスを始めるまでは、むしろ「おとなしい子ども」だった。大学のサークルで副幹事となり、まとめ役が回ってくるように。人の衣装を作ってあげていたことが今につながっている。でも、初めて仮装したのは不惑を過ぎてからだ。

 すっかり「元気なママ」キャラが定着しているが、どん底だった時期もある。16年秋に勤め先が倒産したのだ。父が起こし、兄が継いだ会社だった。経理担当として、従業員に最後まで給料を支払うために奔走した。8カ月余りかけて整理を終えたが、ずっと心は晴れなかった。

 それでも、みんなが心待ちにするハロウィーンはやってくる。「もう失うものは何もない」とばかりに、緑の全身タイツで繰り出した。その春に福岡公演をしたサーカス集団、シルク・ドゥ・ソレイユの「トーテム」だ。宣伝ポスターを見た長女が「今年はこれ、どう?」と言い、「いいね」と即答した。「私の高校受験に響いたらどうするの」と、みるみる顔色を変えていたけれども。

 たくさんの子どもたちの笑顔があって、付き合ってくれる仲間がいて、元気をもらえた気がした。

【左下】初めての仮装はネットで衣装を買って「スター・ウォーズ」のアミダラ。【左上】大人の仮装も年々腕を上げ、「紅の豚」は大人気だった。【右】娘の学校指定ジャージと段ボールで仕上げた「リトル・マーメイド」のセバスチャン

 振り返れば、いつも地域に助けられてきた。長女を産んで保育園に預けるまでの7カ月間もそう。社会とのつながりを絶たれ、家で娘と2人きり。どうしても泣きやまない娘を抱えて、近所の酒屋に駆け込んだ。先輩ママがあやしてくれて「10分の抱っこに、本当に救われた」。

 現在もフルタイムで忙しく働き、ゆとりがあるわけではない。でも「誰かがわが子を見ててくれる。周りの人に育ててもらってる感じ」。だから自分も、よその子でも悪いことをしたら本気で叱る。スーパーで泣き叫ぶ赤ちゃんを見かけると、つい親に近寄って「あと2年くらいの辛抱よ」と声を掛けてしまう。

    ◆    ◆

 今年で長女は高校3年、長男は小学6年になった。そろそろ後進に、と3月で会長を退いた。それでも、元役員たちがそうだったように、相変わらず活動を手伝っている。

 新型コロナウイルス対策が悩ましい今年は、「密」を避けるため、少人数グループのイベントに切り替えた。自分の仮装も控えめに、アニメ「鬼滅の刃」のお面だけ。ちょっと寂しい。

 どんな仮装をしようと、夫は何も言わず送り出してくれる。長男も一緒に楽しんできたが、思春期を迎えたらどう思うだろう。いや、いろんな年代の子どもを見てきた経験があるから、心の準備はできている。

 来年コロナが落ち着いていたら、さあて、何の仮装をしようかな。

 =文中敬称略(山田育代)

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