心温め90年…“下町の湯船”に幕 福岡市の荒戸湯、31日まで

西日本新聞 ふくおか都市圏版 帖地 洸平

 90年以上にわたって地域の人々の心と体を温めた“下町の湯船”が、もうすぐその役割を終える。「1926(昭和元)年創業」をうたう銭湯「荒戸湯」(福岡市中央区荒戸)。15歳から番台に座る佐伯登志子さん(80)が、後継者が見つからないことを理由に、31日で営業を終えることを決めた。「皆さんのためにお湯を沸かしてきたつもりが、逆に元気をもらってきた。今は感謝の気持ちしかない」。昭和の風情が残る銭湯に佐伯さんを訪ねた。

【写真特集】銭湯「荒戸湯」

 荒戸湯は、正面玄関から男湯と女湯に分かれる昔ながらのたたずまい。「ゆ」の字が揺れるのれんをくぐると、昭和の時代の映画ポスターが目に飛び込んできた。「いらっしゃい」。番台から佐伯さんが笑顔で迎えてくれた。

 佐伯さんは同市西区の玄界島出身。市内の女学校に進学するため島を出て、縁のあった荒戸湯で下宿生活を始めた。学校から帰宅しては番台に座る日々。地元で評判の男の子が訪れると顔を赤くして迎え入れたそうで、「番台は、私の青春そのもの」と振り返った。19歳になる頃には、本格的に切り盛りしていた。

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 大濠公園や唐人町商店街が近くにあり、いろんな業界の人々が立ち寄った。人気力士だった曙関や小錦関も姿を見せ、「おなかのお肉にタオルを挟んで前を隠すのがお決まりのポーズ。びんつけ油のちょんまげはシャンプー一本丸ごと使って洗った。湯船に漬かるとお湯があふれ、水を足してはまた温めて…」。どこか楽しそうに話した。

 西鉄ライオンズ(当時)のスター選手もやってきて、脱衣所でサインをねだられていたそうだ。58年の日本シリーズで、巨人相手に逆転優勝したときは、ラジオ中継を風呂場に響かせ、万雷の拍手がいつまでも鳴りやまなかったという。

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 常連客からは別れを惜しむ声が多く寄せられた。20年以上の付き合いという川浪京子さん(72)は「自宅の風呂より、みんなで漬かるのが楽しい。初対面でも話し込み、のぼせることもしょっちゅうだった」。月に一度という塩原光さん(29)は「昭和の時代にタイムスリップしたような空間が好き。嫌なことも忘れられた」。

 「銭湯というより人生相談所だった」と語るのは朽網完(くたみたもつ)さん(80)。「木造長屋が高層マンションに変わっても、ここだけは変わらないと思ってた。さみしゅうなるなぁ」と、しみじみ話した。

 明日が最終日。佐伯さんは「湯船から笑い声が聞こえなくなるのは寂しいけれど、楽しい思い出がいっぱい。最後まで温かいお湯で恩返ししたい」とほほ笑んだ。

(写真と文・帖地洸平)

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