宮田浩喜さん死去 松橋事件で再審無罪

西日本新聞 社会面 松本 紗菜子

 1985年に熊本県松橋(まつばせ)町(現宇城市)で男性が刺殺された「松橋事件」で服役し、殺人の再審無罪が確定した宮田浩喜(みやた・こうき)さんが29日午前2時59分、肺炎のため熊本市の病院で死去した。87歳。熊本県宇城市出身。自宅は熊本市西区島崎2の15の5。

 捜査段階で殺害を自白したが、公判の途中から否認に転じて無罪を主張。しかし、当初の自白を根拠に懲役13年の判決を受けて服役、99年に仮出所した。

 検察側への証拠開示請求で、宮田さんが「シャツを切り取って凶器に巻き付け、その後燃やした」などと自供したとされる布が、血液反応もなく完全な形で見つかったことなどから、2012年3月に再審請求。16年6月に熊本地裁が再審開始を決定し、19年3月に再審無罪が確定した。

 今年9月、違法捜査で身柄を長期間拘束されたとして、国と熊本県に損害賠償を求め提訴。11月4日に熊本地裁で第1回口頭弁論が開かれる予定だった。

 認知症を患い、最近は熊本市の介護施設で寝たきりの状態だった。今月20日に体調を崩し入院していた。

「よく頑張った」弁護団ら悼む

 宮田浩喜さんが亡くなった29日、ともに無実の罪を晴らした弁護団や晩年を過ごした施設関係者が悼んだ。

 成年後見人を務める衛藤二男弁護士は「再審開始決定を報告した時、目を潤ませた表情が思い出される」としのんだ。弁護団長の三角恒弁護士は、仮出所後に事件現場へ行った際「とにかく冤罪(えんざい)を晴らしたい」と力強く話した姿が忘れられないという。

 国と熊本県に損害賠償を求めた訴訟の初弁論直前に届いた訃報。三角氏は「本当によく頑張った。冤罪の原因や責任の所在を明らかにするため最後までしっかりとやりたい」と話した。訴訟の継続に向けて親族と話し合うという。

 宮田さんは今月中旬に肺炎で発熱。一時は回復したが、20日朝から入院していた。熊本市の介護施設で宮田さんの生活を10年以上支えたヘルパーの園田則子さん(67)は「まだ信じられません。以前入院した時のように、今回も戻ってくると思っていた」と言葉を詰まらせた

(松本紗菜子)

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