「沖縄の象徴」よみがえれ 再建へ寄付50億円超 首里城火災から1年

西日本新聞 社会面 高田 佳典

 首里城(那覇市)の正殿などが焼けた火災から31日で1年。1992年に沖縄の本土復帰20年を記念して復元された正殿は「沖縄の象徴」として定着していただけに、焼失の悲しみは国内外に広がる。2026年完成を目指して動き始めた再建計画への寄付は50億円を超え、前回の復元に続き今回も携わる琉球大名誉教授の高良(たから)倉吉さん(73)=同市=は「首里城は沖縄だけでなく日本の宝。一日も早くよみがえらせたい」と意気込む。

 24日午後、首里城公園は多くの観光客や県民が訪れていた。正殿前の広場「御庭(うなー)」を取り囲んでいた建物は、修復可能な奉神門(ほうしんもん)を除いてすべて撤去された。庭には焼けた赤瓦などを入れた袋や黒焦げの柱が並び、地面にはまだ細かい炭が残る。正殿跡には地下の遺構を見学する建物、北殿跡には工事業者の事務所が置かれている。埼玉県から来た40代女性は「沖縄県民じゃなくても胸が痛い」と声を落とした。

 火災後、崩れ落ちた姿に涙する県民や募金活動に奔走する県外の人たちの様子が連日報道された。「皮肉だけど、失って初めて首里城が全国で受け入れられていたことを実感した」。30年前の復元で時代考証の責任者だった高良さんは感慨深げに語る。

 城は戦争で焼失した。復元が持ち上がった当初、知人を通じて中央の政治家から「戦争で焼けた城は全国にあり、再建を認めれば『他も認めろ』となる。首里城が必要な論理を考えてほしい」と注文があった。「中国、アジアの歴史や文化を取り込んだ琉球王国の象徴が再建されれば、日本の文化の豊かさが示される。国民の財産になる」。高良さんの出した答えだった。

 残された古文書を解読し、18~19世紀の姿を浮かび上がらせた。支配の象徴でもある城の復元には反対もある中で、高良さんが強調したのは王国時代から守られてきた歴史と文化、技術の集大成を形にすること。「沖縄戦で4人に1人が犠牲になった。だが残った人たちが歴史を絶やさず、つないできたから今がある」。朱色に輝く首里城は国内外の関心を集めた。

 城や公園を所有する国は22年に正殿の再建を始める。スプリンクラーの未設置や警備員らの初動のまずさなど取り組むべき課題も見えてきた。「再建に寄せられる期待に応えることが、私が果たすべき責任だ」

 (那覇駐在・高田佳典)

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