ヒットメーカーの矜持に鳥肌 松尾潔 【追悼・筒美京平さん】

西日本新聞

 初めて連絡をいただき、食事に誘われたのは2003年春のこと。平井堅やケミストリーの作品を通して、そのプロデューサーに興味を抱かれたという。京平先生は63歳の誕生日を目前に控え、ぼくは35歳になったばかりだった。

 メディア露出を徹底して避けた伝説のヒットメーカー筒美京平の動く姿を見たことはなかったが、彼の音楽はいつもそばにあった。初のオリコン首位曲「ブルーライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ)が出たのは昭和43(1968)年だが、その年にぼくは生まれた。4歳の時に福岡の実家でオープンリール式テープレコーダに初めて吹き込んだ歌は、前年の日本レコード大賞受賞曲「また逢う日まで」(尾崎紀世彦)だった。

 音楽界の巨人からの突然のお誘いを、ぼくは恐縮すると同時に意外にも感じた。自分は楽曲の完成予想図を描いて司令塔的な役割に徹するタイプのプロデューサーであり、作曲や編曲のプロフェッショナルではなかったからである。当時は本名を隠して作詞を手がけてはいたが、彼は知るはずはない。

 稀代の作曲家にしてすぐれた編曲家でもある京平先生は「美しい誤解」のもとにお声がけされたのではないか。疑念をふっしょくできぬまま、指定されたしょうしゃなレストランに足を運んだ。

   ◇   ◇

 京平先生が店に入ってきた瞬間のことは、いつまでも忘れることがないだろう。遠目にも極上の素材ですばらしい仕立てとわかるスーツに身をつつんだ紳士は、その服装にふさわしいエレガントな所作でまずぼくを魅了した。

 音楽、料理、ファッション、海外旅行と話題が移っても、話しぶりから機知と皮肉の一定したバランスが失われることはない。批評と自嘲の均衡といってもいい。ぼくが強くかれたのは、皮肉や自嘲のほうである。その鋭さに、信頼するに足る大人だとの思いを強くし、心配はすべてゆうに終わった。伝説のヒットメーカーは、つくづく「わかった御仁」なのであった。

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 それから仕事や食事の場で頻繁にお会いするようになるまで、時間はかからなかった。なかでも印象深い出来事をお話ししたい。

 ぼくが音楽プロデュースを担当したテレビCMで、出演する仲間由紀恵さんがオリジナル楽曲を歌うことになり、作曲をお願いした。プロデュースの意図を正確かつ迅速に理解した先生は、新曲を数パターンも用意してくださった。

 独特の癖のある手書き楽譜の解読にもう慣れていたぼくは、その中の一曲がCMソングの枠を飛び越えるだけのパワーに満ちていることを瞬時に確信した。

 ひとつだけ不安があった。サビの高音部が仲間さんの声域から少しはみ出してしまうのではないか。とはいえ、このサビのキャッチーな魅力には抗しがたい。無論、稀代の作曲家にメロディーの作り直しを求めるちゅうちょもあった。

 思案に疲れて正直に告げた。すると京平先生はこともなげに「そりゃ書き直しますよ」と返し、でも……と言いかけたぼくを遮るように言葉を継いだ。

 「歌い手がいなきゃ作曲家は世に出られないじゃない。歌ってくれなきゃ作曲しても意味ないでしょう」

 真意をつかみかねたぼくは訊いた。一般論として、レコーディング前にレッスンを積めば歌えるようになるかも、という場合はどうでしょう?

 先生は涼しげな微笑をたたえながら答えた。

 「レッスンしなきゃ歌えないメロディーじゃダメさ」

 鳥肌が立った。言葉のむこうに、歌づくりのきびしさ、作曲家のきょうがはっきりと見て取れたからだ。

 話は、仲間さんが難なく元のメロディーを歌いこなして一件落着、「恋のダウンロード」は2006年にシングル化されてトップテン入りのヒットを記録、という幸せなオチがつく。

 ヒットメーカー筒美京平は、この種の挿話に数え切れぬほど向き合ってきたのだろう。

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 こんな話もある。

 初めてホテルのバーへお供した時のことだ。緊張感が美味な酒でかんしたのか、ぼくは不覚にも睡魔に襲われてしまった。目を覚ませば、眠りに落ちる前と寸分違わぬ様子できれいにお酒を飲む京平先生がいる。

 失礼いたしました! ぼくはどれくらい居眠りしていましたか?

 「ぜーんぜん。いいよ、忙しい人は眠たいんだよねー」

 先生はやさしくニコリと笑った。腕時計を確かめた。はたして1時間近くも過ぎていたのだった。

 まつお・きよし 音楽プロデューサー。1968年生まれ。福岡市出身。修猷館高を経て早稲田大卒。平井堅、ケミストリー、東方神起、JUJUなど数々の人気アーティストのプロデュースを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞を受賞。

◇作曲家の筒美京平(つつみ・きょうへい、本名渡辺栄吉=わたなべ・えいきち)さんは7日、80歳で死去。

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