新ガリバー旅行記(48) 大人の国・小人の国【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 ガリバーの作者、スウィフトの慧眼(けいがん)のひとつは、人間を縮小したり拡大したりしてどう見えるかという、奇想天外な世界を見せたことである。有名な小人の国・大人の国の話は決して単なるお伽噺(とぎばなし)ではない。

 人間の感じるストレスは恐らく一定している。自分が大きくなれば周りが小さく見えるし、逆に小さくなれば大きく見える。ブランドものの服が買ってもらえずに落ち込む少女、わずかの頭痛を脳梗塞(こうそく)ではないかと不安がる主婦、弱い者いじめを楽しむ学生、ささいな意地悪に死ぬほど悩む小学生、大学へ、大学へと草木もなびき、成績の上下に一喜一憂する学生たち、これは何(いず)れも、こびとの世界である。日本はさしずめ、リリパット国ということになる。長い間の温室育ちでそうなったらしい。小人は「こびと」を表すと同時に「ショウジン」とも読み、中国の古典では「人間の悪い見本」という意味である。逆に大人は「おおびと」で、タイジンとも読み、気持ちの大きな立派な人を指す。

 そう思って身の回りを見れば納得がゆく。国の指導者たちからして、サミット、サミットと大騒ぎ、国連の常任理事国入りを悲願するのは、一国家としての誇りも捨てた卑屈な根性と言わねばならぬ。せっかく法律で定めた日章旗も泣く。もともと国連なる組織は、戦勝国によって作られたものだ。日本は果たして独立国であろうかと、私は最近怪しんでいる。沖縄基地米兵の犯罪など見れば、日本がリリパット国のように、完全に侮(あなど)られているようだ。三割植民地・七割独立国というのが正しいだろう。

 大国とは、大人(たいじん)の国でなければならぬ。指導者たちからして、経済活性化と国際的発言力という目標だけという、みみっちいビジョンしか持てないのでは、私たち日本国民が元気の出ないのは当然だ。

PR

九州ニュース アクセスランキング

PR

注目のテーマ