新ガリバー旅行記(49) 不老不死の国【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 世界一の長寿国・日本で、なぜ皆が幸せな気分になれないか、その答えはスウィフトが二百五十年前にガリバー旅行記に語らしめている。医師でもあるガリバーは、不死の人が生まれる国にゆき、興奮してぜひ自分もあやかりたいと願う。すると、住民は不思議そうに、「なぜ、死なないことがいいのか」という。ガリバーは、不死のすばらしさを語る。知識と知恵の無尽蔵の蓄積。歴史の生き証人。そしてこれら不死の人々の指導下で、徳に満ちた理想社会を築けると考える。

 だが、ガリバーの夢は破れる。年齢を重ねても徳の高い人間になるとはかぎらない。不死の運命の人々は、普通に死ねることをうらやみ、悶々(もんもん)と生きている。死という時間の制限を意識してこそ、人は幸せと生きがいを持つことができることを悟る。

 日本でいわゆる「老人問題」を聞く度に憂鬱(うつ)になる。話があまりに暗いのだ。年金は、老後の保障は、面倒は誰(だれ)が見る、寝たきりになったら、と不安ばかりが語られる。これに加えて、世の中あげて「ロージン、ロージン」と合唱すれば、よけいに元気が出ない。保険屋、薬品会社、医療産業の中には、ロージンにつけこんで一儲(もう)けたくらむ企業もある。土地転がしが難しくなったので、ロージン転がしだ。付加価値をつけてカネを生む卵にすることは、利に聡(さと)い者のやることだが、ものがものだけに、バチが当たる。年寄りが必死で働いてきたからこそ、現在の繁栄があるのだ。

 お年寄りたちは、つい最近まで、かくしゃくたる矜持(きようじ)を持って生きていた。「日本がどげんなるか心配じゃ。若いもんばかりに任せておれん」とは、父の口癖であったと記憶している。「年を取ったら怖いものなしたい。矢でも鉄砲でも持って来い。先がないから、俺(おれ)は今のうちに言いたいことを言うとく」と、酒をあびては語っていた。私は昔から逃げ足が遅く、酒の肴(さかな)の説教をたっぷり聞かされたものである。その通り、父は言いたいことを言って七十六歳で死んだが、元気のよかったのは「先がない」せいだったと思う。

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