新ガリバー旅行記(50) 終わりなき旅【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 生きるとは旅である。芭蕉やガンジーやファーブル先生も同じことを述べている。誰(だれ)でもそれぞれの旅行記がある。それを自分史や体験記ともいうが、時間と空間に関係なく、どんな人も目をこらしてみれば、そこに無尽蔵の世界を発見できる。血沸き肉躍る体験でなくとも、一つの出会い、一つの光景から、その連鎖する無数の事象を想像できる。

 大切なのは、その旅で何を見て、どこに向かうかだ。時代と地域の制約を超えて、万人に通じる真理がその根幹で息づいているはずである。ガリバーのように人が真似(まね)できぬ大旅行をして見聞を綴(つづ)れるとはかぎらない。実際、ガリバー旅行記の著者、スウィフトは田舎町の僧職者で、ほとんど大きな旅をしたことのない人だったらしい。時代も二百五十年前のことであるから、そんなに「情報」が豊富であったとは思えない。鋭い風刺と洞察に満ちた旅行記は、実に彼の片田舎の狭い日常生活の中で生まれたものである。ファーブル先生もまた、小さな虫の生活に、無限大の自然の世界を見いだした。

 自分について言えば、確かに同世代の日本人が見れない世界をのぞき、人が出来ないことをした。だが、それをもって人並み以上の洞察ができたとは考えていない。それに、旅はまだ半ばである。それでも、これまでの旅を綴ることによって、すべての人が根底で共有し得るなにものかを分かち合ったつもりである。

 時代は混乱を増している。不安から逃れる享楽や健康の技術や、至福を約束する大小の「権威ある声」に吾々(われわれ)は事欠かない。過去にも混乱と閉塞(へいそく)の時代はあった。そして人々はやすやすと、お手軽な解決策を説く「権威ある声」の餌食(えじき)になったのである。

 戦争、飢餓、貧富の格差、近代化の功罪、ありとあらゆる人間の悲惨と栄光が明瞭(めいりよう)なペシャワルで、私のメッセージは平凡である。目をこらして何が虚構で、何が事実かを見つめ、世の流れに惑わされぬことである。人の欲望は限りなく、どこにでも不満と不幸を見いだす。しかし、私たちは自分で生きているのではなく、恵みによって生かされているのだ。私たちの旅が、巧まずして人間の事実に基づく慰めとなり、勇気を与えることを祈って筆を置く。

 =おわり

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