「少し西日本新聞社は間違えてはおらんのか」…

西日本新聞 オピニオン面

 「少し西日本新聞社は間違えてはおらんのか」。1977年11月、本社の西日本文化賞を受賞した作家劉寒吉の祝賀会。あいさつでこう言い放ったのが、盲目の作家宮崎康平だった

▼その言葉には一理あった。劉は既に71歳。長年九州の文学界に貢献してきた重鎮に対し贈呈が遅すぎると憤ったのだ

▼宮崎のベストセラー「まぼろしの邪馬台国」も劉が「九州文学」に同人の反対を押し切って連載しなければ、それこそ幻になっていた。あれは文学ではないと非難する同人を劉は「盲人が懸命に書いたのだから」となだめたという

▼劉の盟友の芥川賞作家火野葦平は40年に第1回西日本文化賞を受けた。劉は芥川、直木賞の候補に何度かなったが受賞は果たせず、そのせいか、西日本文化賞の受賞は葦平から37年も遅れた。賞賛を込めた「賞」は時に作家人生へ明暗をもたらす

▼そんな西日本文化賞は今年も4氏(2氏は奨励賞)に贈られる。奨励賞の一人、漫画家高浜寛(かん)さんは43歳。明治の長崎を舞台に骨董(こっとう)の世界を描いた「ニュクスの角灯(ランタン)」で今年の手塚治虫文化賞のマンガ大賞を獲得した。宮崎に叱られたからではないが、九州が生んだ気鋭の才能をタイムリーに評価しての贈呈である

▼劉に話を戻す。祝賀会の翌日。劉はわざわざ本社を訪ね「昨日はすまんことじゃった」と平の記者にまで謝ったとか。まさに「賞」に値する人格者であった。

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