1938(昭和13)年、囲碁界の…

西日本新聞 社会面 根井 輝雄

 1938(昭和13)年、囲碁界の第一人者だった本因坊名人の引退碁が打たれた。延べ15日間、半年にわたる長期対局。川端康成の観戦記では、初日に黒が1手打ってすぐ封じ手となり、ふすまを閉めて名人が2手目を用紙に書いた。「一人でも見れば、封じ手でない」「不公平を出来(でき)るだけ避けるため」と記す。

 囲碁・将棋で2日間以上の対局で用いられる封じ手。当日の最後の手番が次の手を封筒に入れ、翌日に開封して対局を再開する仕組みだ。

 今夏、将棋の木村一基王位(当時)に藤井聡太棋聖が挑戦した第61期王位戦7番勝負で、封じ手が話題になった。「封じ手用紙を販売して九州豪雨被災地に寄付したい」と木村王位が発案。9月にネットオークションにかけると計約2250万円で落札された。藤井聡太人気が背景にあるとはいえ、封じ手の重要性を改めて示した。日本将棋連盟が近く日本赤十字社に寄付するという。 (根井輝雄)

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