泣きながら活動する消防士も…「悔しい思い二度と」首里城火災から1年

西日本新聞 社会面 高田 佳典

 正殿などが焼けた首里城(那覇市)の火災から1年を迎えた31日、市消防局が首里城公園で消火訓練を行った。多くの公園関係者らが見守る中、自衛消防隊の初期対応や消防隊が到着してから消火活動を始めるまでの手順などを確認。沖縄の象徴を失った火災の教訓を胸に、防火への決意を新たにした。

 午前5時半、城郭内の「広福門(こうふくもん)」から出火したとの想定で実施。消火器を持った2人が初期消火に当たり、無線で他の警備員らと連携して119番したり、消防隊を誘導するために城門を開けたりした。

 昨年の火災では侵入者を知らせる警報が鳴ったことから、警備員が消火器を持たないまま1人で現場に行くなどして対応が後手に回った。

 首里城は城壁に囲まれた高台にあることから消防車両が近づけず、ホースを延ばすのに時間がかかったことも課題となった。訓練で消防局は、あらかじめ連結したホースを動力付き運搬車で延ばし、放水までの時間短縮を図った。

 とぐろを巻いた炎が高々と上り、朱色の正殿は目の前で音を立てて崩れた。那覇市の首里城が焼けた1年前、全焼した正殿付近で消火活動に当たった那覇市消防局中央消防署の消防士、石川高也さん(41)と野原智尚さん(36)が西日本新聞の取材に応じた。火勢が強く、正殿の消火を断念せざるを得なかった状況などを振り返り、「あのような悔しい思いは二度としたくない。防火意識を強く持ち続けたい」と力を込めた。

 石川さんが隊長、野原さんが副隊長を務める第2小隊は、火災前日の2019年10月30日午前8時半から24時間の勤務に就いていた。仮眠していた31日午前2時42分、出動指令が出た。跳び起きて消防車に乗り込むと、カーナビが示した行き先は首里城を指していた。「誤報であってほしいと思った。急いで車を走らせた」と石川さん。願いはむなしく、現場に着いたときには既に、正殿の北側から炎が上がっていた。

 城壁に囲まれた高台に立つ首里城。施錠された門扉をチェーンソーで破り、重さ20キロの防火装備をまとった隊員が、長さ20メートル、重さ8キロのホースを抱えて、石畳の坂を何度も往復した。

 当初は正殿の火を消し止める作戦だった。しかし、北風が強く空気は乾いていた。巨大な木造建築で内部に広い空間がある正殿は「瞬く間に火に包まれた」。炎の高さは数十メートル、火の粉が舞い延焼の危険性が高まった。熱は防火服越しにも伝わる。指揮隊は「正殿は厳しい」と判断した。

 他の建物への延焼阻止に作戦を切り替えた。野原さんは「指示通り活動するだけだ」としながら、「少しでも出火点に近づき、火を消し止めたいと思うのが消防士。でも、近づけないし火も消えない。泣きながら活動する同僚もいた」と悔しさをにじませる。

 正殿の火は周囲の南殿や北殿などにも燃え移り、結局6棟が全焼、2棟を一部焼損し、11時間後に鎮火が確認された。「火や煙が消え、全体が見渡せるようになったとき、喪失感に襲われた」と野原さん。石川さんは翌日の現場調査で「正殿の屋根に鎮座していた龍の頭が崩れ落ちていて…。本当になくなってしまったんだと実感した」という。

 警察や消防の調査は、正殿北側の電気系統から出火した可能性が高いとしながらも、原因特定には至らなかった。石川さんは「悲しみは計り知れない。悲劇を繰り返さぬよう、関係者全員が防火へのたゆまぬ努力を尽くすことが大切だ」と語った。 (那覇駐在・高田佳典)

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