突然奪われた晴れ舞台 部員を導く目標模索 演奏会でかみしめた喜び

西日本新聞 くらし面 小林 稔子

「コロナ禍の子」(4)リーダー

 「何を目標に練習すればいいのだろう」。福岡県大野城市の平野中2年、本多眞麻さん(14)は、そんな思いでアルトサックスを吹く日々が続く。所属する吹奏楽部は1、2年生だけで36人の大所帯。3年生が引退した今、部長として活動を引っ張る立場にある。

 吹奏楽に励む中学生たちが照準を合わせるのは、例年7月下旬から地区大会が始まる全日本吹奏楽コンクールだ。福岡県内では、まず五つの地区大会があり、勝ち上がれば支部、県、九州、全国へと進んでいく。

 今のところ、来年は開催予定となっている。でも部員たちに安易に「コンクールに向かって頑張ろう」とは言えない。コロナ禍で中止になった今年、集大成になるはずだった機会を突然失った3年生たちの姿もそばで見てきたから。

 「晴れ舞台が急に消えた時のつらさを味わった。後輩たちには同じ思いをさせたくない」

 「九州大会 銀賞」。部室には、先輩たちが2008年に獲得した賞状が飾られている。歴代の部員たちは常にこの成績を上回る全国大会への進出を目指してきた。

 本多さんにとって初めてのコンクールとなった昨年は地区大会で金賞、支部大会で銀賞。全国には届かなくても、目標を定めた練習には張りがあった。

 1年生の頃はほとんど毎日、部活があった。平日はもちろん、土日は朝から夕方まで。休みは月に2、3日。夏休みもほぼ毎日、学校に行ってアルトサックスを吹いた。「家には寝に帰る感覚だった」

 そんな中、突然決まった学校の休校。しばらく部活もないと聞き、入部以来、長い時間をささげてきた活動がなくなったことに、最初は友達とともに解放感を味わった。

 ところが、休校は年度をまたいで長期化。住宅街にある自宅で、できるだけ音が漏れないよう窓を閉め、学校から持ち帰ったアルトサックスを手に譜面の前に1人で立った。

 それでも近所に住む友人からは「音が聞こえるよ」と言われた。「近所迷惑」は気になるけれども、練習量をゼロにすれば体得した演奏の感覚を失ってしまう。そんな葛藤を抱えつつ、1人での練習にやるせなさがこみ上げた。「この間までは練習がハードだったけど、楽しかったな」

 5月中旬、コンクールの中止が発表された。その月の下旬に分散登校という形で学校は再開されたが、あくまで授業のみ。部活動の再開は、さらに1カ月先の6月下旬だった。

 全体練習は、以前とはまるで異なっていた。これまではすぐ隣に演奏者がいたが、再開後は2メートルの間隔を空けた。合奏に必要な隣の演奏音が聞き取りにくい。自宅で過ごした日々に肺活量は低下し、1曲の演奏を終えるたびに息が切れた。

 吹き終わるとすぐにマスクを着用。これまでは合奏の合間に先輩たちが音程や音量について助言をくれたが、発言するのは先生だけになった。終了後に、まとめて助言をもらえはしたけど、すぐには微修正できない。部員間での意見のぶつけ合いも少なくなった。

 練習量は「4分の1」にまで減り、毎週末の練習は土曜日の朝から昼までに短縮された。「後輩と一緒にお昼を食べて、仲を深めることもできない」

 コンクールの中止、一変した練習…。そんな状況の中、今年8月に任命された部長。「いつも笑顔で、きっと部内をまとめてくれる」。先輩たちは、そう背中を押してくれた。依然として会話のしにくさは残るものの、「後輩たちが気軽に質問や相談できるような環境にしたい」と気を配る。

 10月には、活躍の場を失った小中高生や大学生のために、福岡市の福岡吹奏楽連盟が特別演奏会を福岡県久留米市で開いてくれた。

 1、2年生だけの部員になって初の演奏会。大きな舞台に緊張も感じつつ、アルトサックスに息を吹き込み、合奏に加えてソロも披露した。全部で3曲。それぞれが奏でる音がホールに調和し、心地よく響いた。

 「吹奏楽をやってきてよかった」。本多さんも、周りの部員たちも自然と笑みがこぼれた。(小林稔子)

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