「結婚も延期…」国境の街コロナが分断 タイとミャンマー往来禁止続く

西日本新聞 国際面 川合 秀紀

 国境をはさみ、女性は「ミャンマーに帰りたい」と涙ぐみ、男性は「タイに戻りたい」と嘆いた-。周辺4カ国と陸上で国境を接するタイ。ミャンマーと隣接する北西部ターク県メソトは近年、人やモノの往来が増え急速に発展していた。だが新型コロナウイルスの感染拡大によって一変。10月上旬に訪れた国境の街は、その共存共栄の関係が分断されていた。

 鉄条網の向こう側はミャンマー・ミャワディ。草むらに男性が見えた。思わず手を振ると、ゆっくりこちらに歩いてくる。記者の背後では重装備の国境警備隊が目を光らせていた。

 高低差はあるが、男性との距離は3メートル程度。日本のプロ野球「阪神タイガース」の帽子をかぶっている。話しかけるとタイ語ができた。名前はアモル、23歳。

 ミャワディの実家から毎日、メソトに出稼ぎに通っていた。仕事はメソトに来るミャンマー人の身分証明書チェックや市場の手伝い。だが3月下旬、タイの感染拡大に伴い、国境往来が一部の貨物を除いて原則禁止された。メソトでの職を失った。ミャワディで建築工事の仕事を始めたが、不定期で収入は激減した。

 その後タイでは感染が落ち着き、8月ごろ国境往来再開の準備に入ったが、今度はミャンマーで9月から感染が急増したため再開は立ち消えになった。タイの累計感染者は約3700人で横ばいが続く一方、ミャンマーでは10月以降、毎日千人前後の感染者が確認され続け、累計約5万人を超えている。

 アモルさんはマスクを着けていなかった。「ウイルスは怖いけど、こっちではマスクはあまり売っていないし、買う金もない。とにかく早く、またメソトに入って仕事がしたい」

 日が落ちて薄暗くなる中、さらに記者に近づいてきた。「朝から何も食べていない。50バーツ(約170円)でいいからくれないか」。記者が後ろを振り返ると、国境警備隊はこちらから目をそらした。

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 アモルさんのように、日常的に国境を越えメソトで働いていたが、国境閉鎖の前に帰国したミャンマー人は数万人いたとされる。

 メソトは、ベトナム-ラオス-タイ-ミャンマーを横断する約1500キロの幹線道路「東西回廊」の重要拠点。ホテルや商業施設、飲食店の開発が近年盛んで、工場進出が相次ぐ。メソト空港も拡張や路線拡充を計画。タイ側は安く豊富なミャンマーの労働力を活用し、ミャンマー人にとってもメソトは自国で得られにくい収入と夢をつかむ場所だった。

 国境ゲートそばにある創業60年の名物食堂。国境を流れるモエイ川で採れる魚料理が人気だ。ミャワディ出身の女性店員マリさん(20)も、夢の実現が近づいていた。

 15歳からバスとモエイ川の瀬渡し船でメソトに通い、まず市場で働き始めた。タイ語を独学で覚え、次に今の食堂で働いて約2年。調理手伝いをしていた1歳上の同郷男性と恋に落ちた。4月30日に結婚式を挙げるためミャワディの寺とレストランを予約し、青いドレスもそろえた。近い将来、2人でミャワディにカフェを開業する計画だった。

 3月下旬、閉鎖が発表された目の前の国境ゲートに、感染を恐れ帰国を求めるミャンマー人たちが殺到した。自分も父母がいる実家に戻ることを考えたが、2カ月前から食堂で住み込みを始めたメソトに残ることを決めた。「仕事があるし、婚約者もいる。すぐに国境は再開すると思った」

 その後一度も帰国できず、結婚式も延期に。毎日、通信アプリで父母と話すたびに泣いてしまう。「今はミャンマーの方が感染が深刻なのに、父母は『ちゃんと食べている? 外には出ないで』と心配してくれる。早く帰って、2人を抱きしめたい」

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 タイ政府はメソトを最重要警戒地区と位置づけ、軍も投入し、24時間態勢でミャンマーからの不法入国に伴うウイルス流入を防ごうと躍起だ。メソト駐在のタイ陸軍大尉(56)もモエイ川沿いのパトロールに出る。約10年前までミャンマー少数民族勢力とタイ軍との衝突があったメソトだが「今は対ウイルス防衛が最優先だ」と苦笑した。

 ミャンマーの地元紙によると8月以降、タイへの不法入国の摘発は数千人に達するとされる。大尉は、昼なのに頭に荷物を乗せモエイ川を渡ろうとする複数のミャンマー人を目撃し、追い返したことがある。「庶民の日常的な往来を禁じるのは複雑な思いだが、ウイルスを持ち込ませるわけにはいかない。仕方がない」

 メソトには、地元行政や業者、ミャワディ側の少数民族組織が独自にモエイ川を使った貨物往来を管理する拠点も約20カ所あり、双方の暮らしと経済を支えてきた。うち1カ所の見学が許され、飲料や卵などを船でミャワディ側に運ぶ様子を確認できた。だがこうした“非公式”の交易拠点もコロナ禍で大半が閉鎖されているという。

 メソト市街地を歩くと、閉店した飲食店が目立つ。約50軒あった川沿いの屋台は全て閉鎖され、約200店が入る市場も30店以上が閉店。夕暮れになると、以前は人や車で混雑していた国境ゲート付近に野犬が多くうろついていた。

 「メソトとミャワディは兄弟のような一つのコミュニティー。だから経済面でも気持ちの面でも影響は深刻だ」。ターク県商工会議所元会頭で現顧問のボンパットさん(61)によると、ミャワディ側でも中国企業による再開発工事のためタイ人も越境通勤していたが、工事は中断。モエイ川越しに並ぶカジノ目当てにメソトを経由する観光客もいなくなった。

 「感染防止のため国境閉鎖が続くのは仕方ないが、このままでは共倒れになる」。ボンパットさんは悩んだ末、こんな決断をして地元政財界に働きかけている。「今後はミャワディとの交流に頼るのではなく、タイ国内から人を呼び込む街に転換しないといけない」。国境の街が国境に背を向けようと、もがいていた。 (タイ・メソトで川合秀紀)

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