「なぜ娘は来ないの」会えぬまま母は遺骨に 施設でコロナ集団感染

西日本新聞 医療面 下崎 千加

 新型コロナウイルスの感染者が重症化して亡くなると、通常のみとりや葬送ができない。指定感染症は感染対策に重きが置かれるためだ。「穏やかに年を重ねてきたのに、最後がこんなお別れになるなんて思わなかった」。91歳の母がクラスター(感染者集団)が発生した高齢者施設で感染し、亡くなったという福岡市の女性はこう振り返った。

 女性の母は関東地方で1人暮らしをするのが難しくなったため、3年前に女性の自宅に近い同市のサービス付き高齢者向け住宅に入居した。足腰が弱り、一時は車椅子を使っていたが、リハビリのかいあって散歩もできるようになった。入居者が集う「女子会」を呼び掛けるなど、施設のリーダー的存在になっていた。

 コロナ感染対策が厳しくなっても、女性は週2回、窓ガラス越しの面会に通った。それに慣れてきた8月下旬、施設職員からの電話で状況が一変した。

 「お母さんが38・2度の熱を出しました」。職員の一人が数日前から発熱し、PCR検査を受けていると報告を受けた後だった。訪問診療をしたかかりつけ医が、母は肺炎の疑いがあると診断。医師の指示で女性は母を車で迎えに行き、PCRセンターへ連れて行って検査を受けさせた。翌日、陽性と判明。結局、入居者2人、職員3人の計5人のクラスターが起こっていた。

 母は市外の病院へ入院。女性は陰性だったが、念のため2週間は自宅から出ないよう保健所に言われた。女性が見舞いに行けない間、母が「あの子、何か怒ってるのかな」と繰り返していると看護師に電話で聞かされた。待機期間が明けて駆け付けた病院では、病室と待合所をタブレット端末でつないだ「リモート面会」しかできなかった。画面に映った母は痩せて元気がなく、マスクのためか女性をわが子だと理解できないようだった。

 連日通ったが、やりとりは一方通行だった。4日後の夕方、看護師から「すぐ来てください。脈が弱くなっています」と電話があり、車を飛ばした。病院の駐車場に着くと「今亡くなりました」と告げられた。

 母は日頃から「管につながれるのは嫌」と言っていたため、気管挿管などの延命治療はしないよう、あらかじめ病院に伝えていた。その通りに酸素マスク以外は装着せず、静かに息を引き取ったという。

 母は新型コロナに感染したという自分の状況を理解しないまま、「なぜ娘は会いに来ないの」と心配したまま、心細い状態で逝ってしまったのではないか-。そう考えると心が乱れた。

 感染防止のため、遺体は納体袋に包まなくてはならない。看護師から「包む前に、防護服を着て会われませんか」と勧められたが、断った。間に合わなかった悔しさ、感染への不安、これ以上看護師の手を煩わせたくないという気持ちがない交ぜになっていた。

 看護師は女性のスマートフォンを預かり、動画や写真を撮ってくれた。以前から「死に装束に」と決めていた淡い黄色の訪問着を着せられた母。爪も切りそろえられ、化粧もきれいに施されていた。

 「元気なうちに会いたかった。たくさん話したかった。せめて最期の苦しい時にそばにいて、手をさすってあげたかった」

 葬儀会社が火葬場への搬送や収骨をし、女性の自宅まで骨つぼを届けてくれた。施設とPCRセンターを車で往復した8月下旬以来、3週間ぶりの“対面”。あの時、母が福岡都市高速道路から博多湾を一望し「海がきれいね」とつぶやいたのが思い出された。

 感染対策で2月に家族との接触が禁止されるまでは、毎月の通院日に合わせて志賀島や宮地嶽神社へドライブするのが2人の間のお決まりだった。「半年以上どこへも行けなかった。最後に一緒に見た景色が美しいもので良かった」。それが慰めとなった。

 2カ月近くたち、今は少し冷静に受け止めているという。深夜まで病院探しに奔走してくれた保健所の職員や、感染の危険を顧みず細やかに対応してくれた看護師に礼状を書いた。晩年の母を見守り、楽しませてくれた施設の職員にも感謝している。 (編集委員・下崎千加)

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