真冬に裸、風呂に沈められ…「殺してくれた方が」虐待の残像、今も

西日本新聞 一面 久 知邦

 虐待から保護された後、児童養護施設などで十分な精神的ケアを受けられず、社会に出ても後遺症に苦しめられる人が目立つ。民間の調査では、施設などの出身者のうち治療やカウンセリングを受けられたのは4割弱にとどまり、生きづらさを感じる人は6割に上った。当事者らは施設退所後も専門的な治療が受けられる環境を求めて署名活動に取り組んでおり、厚生労働省も実態調査に乗り出す。

 「こんなに苦しむなら殺してくれた方が良かった」

 大学生のはるひさん(22)=東京都=はそう漏らした。幼い頃、母親から殴る蹴るの虐待を受けた。風呂に沈められたり、真冬に裸で外に立たされたりしたこともある。小学2年の夏、児童相談所に保護され、20歳になる直前まで児童養護施設で過ごした。

 1人暮らしを始め、人間関係でつまずくことが増えた。恋人や友人に「来てくれないと今から死ぬ」と深夜に連絡するなど相手を試すような行動を止められない。一人が不安で、出会い系サイトで知り合った多数の男性と関係を持った。体目当てと分かっていても、相手が自分しか見ていない時間を求めた。その理由を「自分だけを見てもらった経験がないから」と話す。

 自己嫌悪に陥り落ち込むことも多い。そんな時は怒った母が近づいてくる映像や「産まなきゃ良かった」との言葉が脳裏によみがえる。感情をコントロールできず、大量服薬や自傷行為を繰り返した。

   ◇   ◇

 厚労省によると、全国の児童養護施設に暮らす約2万7千人のうち、65%に虐待を受けた経験がある。国は1999年度から心理療法を行う職員が配置できるよう予算をつけているが、必ずしも適切なケアが施されているわけではない。

 「カウンセリングを希望しても受けさせてもらえなかった」と、大学生のなつみさん(19)=愛知県=は振り返る。心理士は他の職員同様、子どもたちの日々の世話に時間を割かれていたという。後遺症とみられる頭痛や腹痛に苦しめられ、最近は手足にしびれもある。アルバイトで学費と生活費を捻出する中、通院費負担も重くのしかかる。

 施設出身者や支援者でつくるグループが今夏、当事者116人を対象にした調査では、76%が施設などで「心理士やカウンセラーと関わる環境があった」としたが、「精神的ケアを受けた」のは37%にとどまった。65%は虐待の後遺症で生きづらさを感じ、治療を検討した人も40%に上った。

国が初の全国調査へ

 調査に関わった山本昌子さん(27)=東京都=は「施設は人手不足で、表面的に問題がない子はケアを受けられない」と指摘する。自身も生後4カ月で育児放棄され、乳児院などで育った。今は支援にまわり、当事者がトラウマ(心的外傷)の治療を無償で受けられる仕組みなどを求める署名活動にインターネット上で取り組み、9月には厚労省に要望した。

 こうした声を受け、厚労省は施設退所者らが抱える課題について初の全国調査を行うことを決めた。年度内に調査結果をまとめ、今後の支援策に生かす。来年度予算の概算要求では、社会に出た当事者が適切な治療を受けられるための費用を盛り込んだ。公費での治療を想定しているという。

 児童養護施設などで心理士として働く福岡女学院大の大迫秀樹教授(福祉心理学)は「虐待のトラウマにふたをしていると、似たような場面に出合ったときにパニックになり、問題行動として表れることが少なくない。傷ついた時の気持ちを吐き出して受け止めてもらえる体験が回復には必要で、態勢づくりが急務だ」と話す。

 (久知邦)

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