円谷さんへの思い胸に聖火リレー 君原健二さん、友の故郷・福島走る

西日本新聞 社会面 壇 知里

 メキシコ五輪マラソン銀メダリストの君原健二さん(79)=北九州市八幡西区=は、来夏に延期された東京オリンピック・パラリンピック聖火リレーで福島県須賀川市を走る。同市は1964年の東京五輪にともに出場し、銅メダルに輝いた故円谷幸吉さんの故郷だ。聖火リレーまで150日を切り、本番を待つ心境と円谷さんへの思いを聞いた。

 10月上旬に福島県の担当者から、希望していた須賀川市を3月27日に走る予定だと知らせるファクスが届き、気持ちが高まった。現地に着いたら墓に眠る円谷君に報告することがたくさんある。

 まずは当日のシューズ。スポーツメーカーに勤める次男が64年東京五輪で履いたシューズの復刻版を用意した。64年の開会式は国立競技場であり、円谷君と一緒に臨んだ。昨年に新装した競技場は、1月にゲスト出場する予定の新宿シティハーフマラソンで走る。その様子も伝えたい。

 前回の東京五輪では、浮かれてスカーフに有名選手のサインを集めて回った私とは対照的に、円谷君は冷静だった。練習場にぎりぎりまで残って走り込み、選手村に戻るのは最後だった。異様な緊張感で包まれた大会の雰囲気を冗談で和ませるなど気配りの人でもあった。

 結果は、円谷君は銅メダル、「メダル候補」とされた私は8位。スポーツは心・技・体の総合力。私は心の部分が不安定で、精神面の大切さを思い知った。

 円谷君は2位で競技場に入り、ゴール直前に英国人選手に抜かれた。「国民との約束」と、次の68年メキシコ五輪での金メダルを「公約」。だが度重なる故障や婚約破棄などが重なって、本番10カ月前に27歳の若さで自ら命を絶った。

 そのメキシコ五輪。私が2位で競技場に入ると、円谷君のことが頭をよぎった。後ろを振り返ると3位の選手が迫っていたが、逃げ切ることができた。円谷君が天国から見守ってくれたと今でも信じている。

 89年から、ほぼ毎年、円谷君を顕彰する須賀川市の「メモリアルマラソン」に参加し、大会前日には墓参りをしてマラソン界の近況を報告している。

 マラソンの普及や発展のため、体が持つ限り走り続けることが使命だと感じている。聖火リレー当日は円谷君の写真を胸に入れ、そうした思いを共にしたい。57年ぶりの東京五輪で、再び円谷君と走る日が待ち遠しい。

(聞き手は壇知里)

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