『海と毒薬』九大生体解剖事件 思考停止、良心はあえいで

西日本新聞 吉田 昭一郎

フクオカ☆シネマペディア(10)

 太平洋戦争末期の1945年5月、九州帝国大(現・九州大)医学部の医師らが、米軍爆撃機B29の乗員で捕虜となった米兵8人を生体解剖した事件を題材にした劇映画「海と毒薬」(1986年、熊井啓監督、原作・遠藤周作)。ともに解剖に参加する研究生で、忠実に務めを果たす戸田(渡辺謙)と、良心の呵責(かしゃく)に苦しむ勝呂(奥田瑛二)の対話を軸に、事件の内実を解き明かしていく。

 今から見れば、健康な人間の人体解剖実験は明らかに医療倫理に反する犯罪行為だ。体格検査だと偽ってベッドに寝かせ、気づいてあらがう捕虜を数人で押さえつけて麻酔で眠らせ、切開する。人間はどの程度の肺の切除までなら生存できるのか、解剖するのだ。

 戦時下、執刀する教授はこう正当化する。「相手は国際法違反の無差別爆撃を重ねた敵国兵だ」「大本営も8人の処置は現地に任せている。心配無用だ」「医学者として(人体実験は)願ったりの機会」。今、裁けば狂気だろうが、当時は罪悪感を抑え込むのはそう難しくなかったのだろうか。

 教授や戸田らは一つ一つ実務的に解剖を進めるが、勝呂だけはじたばたする。身をすくめて解剖室の隅っこに退いて目をつぶったり、手術台をちらちら見ては両手で目を覆い耳をふさいだり。極めて人間的である。

 なぜ生体解剖に参加したのか、勝呂は連合国側の追及に語る。「私はひどく(生体解剖に)抵抗を感じとったとですよ。ばってん、そんころ体も心もひどう疲れとって、それ以上考えるのが苦しかったとです」「もうどうでもよか、考えてもしょうのなかことと、私一人の力ではどうにもならない世の中なんだと、自分に言い聞かせて…」。思考停止に陥ったのだ。

 一方、戸田は葛藤に苦しむことはない。「良心の呵責とは、他人の目、社会の罰に対する恐怖だけ」と話す。軍国国家の社会規範、世間の筋道から外れなければ何ら問題はないというわけだ。

 実際には勝呂のように取り乱す人物はいなかっただろう。そんなことをすれば、失格者の烙印(らくいん)を押されて、医師生命を失うかもしれない。戸田の方がむしろ当時の医師らの本音や気分に近い気がする。

 戸田は「実験は捕虜を殺したのではなく、医学の進歩のために生かしたのだ」と、言い訳めいた言葉をかけて勝呂を慰めるが、その文脈に当時のリアルを感じた。捕虜の命を奪った解剖後、「なぜ俺の心はこんなに無感動なんや」とつぶやくのもまた伝わるものがある。

 ドライで切れ者の戸田と、誠実で気が優しい勝呂。渡辺と奥田は、対照的な人物をくっきりと縁取りするように演じている。

 異形に映る勝呂のためらい、おびえは医師らが心の奥に封印した良心を擬人化した姿にも思えた。良心を自由に表に出せなくなる前に、手を打たなければ取り返しがつかなくなる。国の動きと世の流れは、油断なく見ていかなければならないのだと思う。 (吉田昭一郎)

※「フクオカ☆シネマペディア」は毎週月曜の正午に更新しています

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