『百万円と苦虫女』タナダユキ、蒼井優、原田郁子 才能の三重奏

西日本新聞 吉田 昭一郎

フクオカ☆シネマペディア(11) 

 北九州市で商店街の鮮魚店の娘に生まれ、雑多な人々を見て育った。そんなタナダユキ監督の目線はとても庶民的だ。特別ではないごく普通の人が、困難に見舞われつつ生き抜く人生に目が向く。

 「百万円と苦虫女」(2008年)の主人公も、どこにでも居そうな若い女性、鈴子(蒼井優)。人と距離を置き、トラブルになりそうなら愛想笑いでやり過ごす生き方を通してきた。周囲にはおとなしくていい人と見られている。

 だが、ままならないのが人生だ。アルバイト先の同僚女性の誘いで、実家を離れてシェアハウスを借り同居しようとするが、話が違う。同僚が男を連れてくるのだ。さらに身勝手な振る舞いが続き、がまんを重ねるが、ついにキレてしまい、刑務所に入る。じっと相手に合わせていたのに割に合わない不運だ。鈴子は出所後、行く先々で臨時勤めをし100万円たまったら引っ越す流浪生活を送る。

 海の家のアルバイト、山村のモモ農家の手伝い、地方都市のガーデニング店。重ねて言うが、鈴子は悪い人間じゃない。まじめに働き、周囲とうまくやろうとする。受け入れ側もいい人たちなのだが、どうしても行き違い、ついには気詰まりになって逃げ出す。そんな日々の先で鈴子は心を開いて寄り添える大学生(森山未来)に出会う。今度こそ、だ。しかし、彼も一番大事なことを言葉に出せない面があって…。

 本来伝えるべきことなのに当たり障りがないように言わないでおく、という態度は、大人の処世術と言えなくはない。奥ゆかしさは美徳だろう。だが、本心を封じ込めてばかりいては、いつの間にか言いたいことを言えなくなって、深い理解の下で結ばれない。

 「あんなおとなしかった鈴子が…」「あんた前科者でしょ」。寄ってたかって嫌がらせを言う元同級生たちに、鈴子が怒り、撃退する場面がある。それを陰で見ていた小学生の弟は、嫌って遠ざけていた姉に心を開く。弟も同級生たちからいじめられていた。意外な姉の本気に感動したのだ。後日、「いじめる同級生にやり返し、けがをさせて問題になった。でも、あの日の姉ちゃんを思い出して、もう逃げないと決めた」と手紙を書いてくる。

 鈴子は泣き崩れる。格好は悪くても嫌がらせに本気で立ち向かった姿が弟を支えている。翻って、自分は今、本心を語り、本心で動くことができているか、自問しないではいられない。

 鈴子役の蒼井と、主題歌「やわらかくて きもちいい風」を歌う原田郁子(クラムボン)はともに福岡県出身。いずれのパフォーマンスも自然体で、ふんわりした愛が宿っている。良い面も駄目な面もある人間というものを深く愛し、リアルに描き出すタナダ監督の映像世界で持ち味を発揮している。

 蒼井は今、多彩な役を演じて本格俳優の道を歩むが、市井の女性を演じたときこそ、ひときわその輝きを増すと、この作品を見てあらためて感じた。 (吉田昭一郎)

※「フクオカ☆シネマペディア」は毎週月曜の正午に更新しています

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