007対サリエリ

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 亡くなったショーン・コネリー氏には「007」シリーズの他にも、多彩なジャンルの名画があった。

 私の一推しはなんと言っても1986年の「薔薇(ばら)の名前」。中世欧州の修道院で、殺人事件が連続して起こり、コネリー氏演じる修道士「バスカヴィルのウィリアム」と弟子の「アドソ」が、暗号を解きつつ犯人を追うミステリーだ。

 バスカヴィルと聞いて、シャーロック・ホームズの愛読者ならば、すぐに長編小説「バスカヴィル家の犬」の題が思い浮かぶはず。またアドソの名は、相棒のワトソン博士に通じる。

 そう。「薔薇の名前」は中世が舞台の探偵物語。原作の小説は、キリスト教関係の古文書に通じるウンベルト・エーコ氏が紡いだ世界的ベストセラーだ。

 バスカヴィルのウィリアムは、学識には富むものの聖職者の社会では出世の道を閉ざされた初老の男。当時、50代半ばだったコネリー氏は、そんな心のひだを円熟の境地で演じた。

 だが「薔薇の名前」の撮影現場には、演技への集中を邪魔する共演者がいた。

 84年の映画「アマデウス」で、モーツァルトの才能をねたむ作曲家のアントニオ・サリエリを演じ、一躍、アカデミー賞の主演男優賞に輝いたF・マーリー・エイブラハム氏である。

 「薔薇の名前」でのエイブラハム氏の役柄は、主人公と敵対する憎々しい異端審問官。脇役だった。しかし撮影現場では、主演で大スターのコネリー氏を、徹底して見下した。コネリー氏はまだアカデミー賞を取っていないというのがその言い分だった。

 「薔薇の名前」のジャンジャック・アノー監督は、DVDの音声解説でその様子を語る。

 「エイブラハムは『自分の方が大物だから、ショーンは現場で先に待ってろ』と言う。定刻に来たショーンは待たされて怒ったよ。そんな駆け引きが際限なく続き、撮影は残念なつらい体験になってしまった」

 エイブラハム氏は「俺はアカデミー賞を取るまで、監督連中に苦しめられたから今度は報復してやる」とも言ったという。アノー監督は腹に据えかねて「そんな俳優は落ちぶれていく」とまで批判していた。

 いずれにせよ、舞台裏の緊張関係は、完成した映像にも息苦しいまでの緊迫をもたらし、高評価を得た。

 その後、コネリー氏は87年の「アンタッチャブル」で、禁酒法時代の犯罪組織と戦って命を落とす老警官を演じ、アカデミー賞(助演男優賞)を受けた。

 エイブラハム氏は今、81歳。落ちぶれてはいないようで、6年前の映画「グランド・ブダペスト・ホテル」で元移民の富豪を渋く演じていたのが印象に残る。 (特別編集委員・上別府保慶)

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