二又トンネル大爆発から75年 遺族ら30人冥福祈る

西日本新聞 筑豊版 吉川 文敬

 国鉄田川線(現JR日田彦山線)彦山駅近くの二又トンネル(福岡県添田町)に秘匿されていた旧日本軍の火薬が大爆発を起こし、296人が死傷した事故から75年となった12日、現場近くの昭光寺で慰霊法要があり、遺族ら約30人が犠牲者の冥福を祈った。

 事故は1945年11月12日、米軍の命令による大量の火薬類の焼却処理により発生。近隣住民ら147人が死亡、149人が重軽傷を負った。戦地から戻ったばかりの男性たちも犠牲になった。住職の延塚知道さん(72)によると、地域では事故によって、働き盛りの夫や父を失った多くの母子家庭が生まれたという。

 近くの矢野順子さん(80)は、復員したばかりだった大工の父親が、現場近くで仕事中に爆発に巻き込まれたという。「母は地元の郵便局で働きながら、私を含めた4人の子どもを育ててくれた」と話す。

 近くの伊原和子さん(76)は当時1歳。トンネル近くで消火活動中だった消防団員の父親を亡くした。父の顔を知らないという伊原さんは「女手一つとなり、家族5人は生活するだけで精いっぱいだった。母も私も、父のことを思い出す余裕すらなかった」と振り返る。

 父と姉を亡くし、直筆の絵を使った事故の語り部活動を続ける佐々木盛弘さん(86)は「地域のいろんな人々がそれぞれに苦労を強いられた。その事実を知ってほしい」と語った。

(吉川文敬)

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