差別懸念、国策の傷深く「いまさら」補償断念…ハンセン病法施行1年

西日本新聞 一面 久 知邦

 ハンセン病の元患者家族に国が補償金を支払う法律が施行されてから約1年。申請件数は厚生労働省が推計する家族数の2割強と伸び悩んでいる。関東在住の元患者の男性(79)も、兄弟が補償金の申請をしていない。仕事や家庭を持ち、兄弟と交流を続けてきたが、その妻や子には元患者であることは隠したままという。誤った国策が当事者や家族に刻んだ傷は深く、問題解決への道はなお遠い。

 昨年11月に法律ができた後、男性は東北に住む弟に電話をかけた。横に妻がいた様子で、補償金の話をしても気のない返事。後日、弟は申請を断念すると伝えてきた。近くに住む兄も同じ結論だとし、「何の金か説明できない。いまさら病気のことを言えるわけがない」と話したという。

 男性は小学6年の時、教室で検査を受けさせられ、校長から登校しなくていいと告げられた。翌朝、母親が弟に「何を聞かれても知らないと言うんだよ」と戒めるのを聞き、「これから先、弟は誰にも話さないんだろうな」と思った。

 その後、療養所に入った男性。兄の結婚式には呼ばれず、数カ月後に手紙で知った。透明人間になったように感じたという。「早くに亡くなった父もハンセン病だった。遺伝と思われたくなかったのだろう」と兄の当時の心境を推し量る。

 都道府県が患者を探し、療養所に収容する「無らい県運動」が続いていた。薬で治る病気と分かっていたのに患者は隔離され、患者が出た家は白くなるほど消毒された。人々の差別意識が強くなる中、1951年には、山梨県で家族がハンセン病と診断されたことを苦に一家9人が服毒自殺した。男性が患者と分かったのはこの頃だ。

 兄や弟がどんな思いで生きてきたかは「聞けない」と男性は言う。28歳で療養所を出た後、故郷から離れた関東に一軒家を構え、おいやめいを自宅に招くなど交流を続けてきた。ただ、元患者であることは隠したままという。「不名誉なことだから。わざわざ言いたくない」。兄弟も同じ気持ちだと思う。

 元患者であることを妻子に話していない当事者の中には「知られたら離婚される」「重荷を背負わせたくない」と言う人もいるという。新型コロナウイルスの感染者やその家族などが誹謗(ひぼう)中傷を受けた問題もあり、男性の妻で元患者の女性(70)は「百数十万円の補償金のために負うリスクが大きすぎる。打ち明けられる環境が整っていない中で申請につなげるのは難しい」と話した。 (久知邦)

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