元大関・琴奨菊引退 土俵と真摯に向き合い続けた18年

西日本新聞 社会面 手島 基 室中 誠司 野村 大輔 林 原弘

 大相撲の元大関で西十両3枚目の琴奨菊関(36)=本名菊次(きくつぎ)一弘、福岡県柳川市出身=が現役引退の意向を固めた。日本出身力士10年ぶりの優勝を果たすなど活躍し、大関転落後も土俵と真摯(しんし)に向き合い続けた。

 両国国技館に並ぶ優勝額。新たに加えられては古い物から外される。西の中央にあるのが琴奨菊関の額だ。代名詞の「がぶり寄り」を武器に3横綱を連破して優勝した2016年の初場所。日本出身力士が続く道を切り開いた。15年ぶりの十両で再起を目指した今場所。4年10カ月前の勇姿の前で苦闘した。どちらも琴奨菊関そのものだ。

 「気持ちは無限で体は有限。引退した方がプレッシャーと努力の継続から外れられるので楽だが(求めるのは)そこではない」。十両での現役続行を決めると治療に稽古と、より厳しく自己と向き合った。

 幕内残留を懸けた先場所。左ふくらはぎ肉離れで休場する際、十両で相撲を取るのか尋ねると「悔いが残らないようにやる。その気持ちを絶たれないよう、少し休んで再出場する」。満身創痍(そうい)の体を前へ進ませた気持ちも限界に近かった。

 年寄名跡を取得し、稀勢の里関(現荒磯親方)や豊ノ島関(現井筒親方)らライバルが引退しても「悔いなく取りきりたい」と、けがや加齢による体力減退とも闘い、己を磨き続けた。大関転落後の3年半余で輝きは増した。大関のまま土俵を去った郷土の大先輩、魁皇関(現浅香山親方、福岡県直方市出身)とは違う引き際にも美しさがある。「自分の相撲を追究できた」。自宅に祖父が造った土俵で相撲を始めた小学生の時から約30年、土俵と向き合った、これまでを振り返る言葉に充実感が詰まる。

 相撲には相手があり、けがもする。思い通りにならなくても嘆かず、現状を受け入れ最善を尽くす-。これを貫徹できるのが太く、長かった力士人生の源だ。「成長は止まらない」と自らを鼓舞し平幕だった19年の名古屋場所で出足を生かして白鵬関を寄り切った。大関昇進時や初優勝時を思い起こさせる一番だった。

 11月場所は本来なら心のよりどころの九州場所。「土俵に立てば恩返しできる」とマイナス思考を封印。「一日一日の勝負と思い、未来を見据え、今を頑張る。追究するのは長く取ることではない」。初日に患部を悪化させたこともあり、引退の結論を導いたようだ。最後の一番となった6日目は上体を大きく反る「琴バウアー」を久々に披露。孤高の追究を続け、別れを告げた土俵に凛(りん)と咲く一輪の菊だった。 (手島基)

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