鬼の形相に解けていった心【壱行の歌 認知症を描く】

西日本新聞 医療面

若年性認知症当事者・福田人志さん寄稿(5)

 2014年の夏に診断を受けた後、私の心はコントロールが効かなくなりました。ちょっとした忘れ物や失敗を激しく悔やみ、ティッシュやコップを投げたりと、物に当たらないと冷静になれなくなりました。主治医は精神安定剤を処方してくれましたが、家に帰るとまた繰り返し。周りに迷惑を掛けていました。

 「人に迷惑を掛けるくらいなら孤独になるのが一番」と考えた私は、病気の相談をしていた中倉美智子さんに「入所施設を探してほしい」とお願いしました。私が器作りでお世話になった師匠の妹さんで、母のような存在です。中倉さんはこう思ったそうです。「施設に入ったら、認知症が早く進行してしまうかも。誰かと一緒に暮らしながらリハビリを頑張れば、今の状態を維持できるはずだ」

 中倉さんは私の任意後見人となり自宅の一部屋を私のために空けてくれました。そうして、いちかばちかのリハビリ生活が始まったのです。

 でも、そんな中倉さんの思いも知らず、私の疑心暗鬼は膨らむ一方です。電話の音や玄関のチャイムにおびえ、自室に閉じこもりました。発語や文字や絵を書く練習など、脳を活性化するための訓練では、中倉さんと衝突することが増えていました。

 食が細り、中倉さんがせっかく作ってくれた料理も突き返す始末。一日1回、麺類をなんとか食べる程度で、体重は激減しました。年の瀬が差し迫った頃、とうとう心が限界を超えてしまいました。

 「今日で終わりたい。楽になりたい。もう私に構わないで。死なせてください」

 中倉さんは瞬時に鬼のような形相に。同時に雷のような声で私を叱り飛ばしました。

 「諦めてどうするの。命はね、一つなんだよ。人志君」

 中倉さんの涙を初めて見て、私の固まった心は解けていきました。

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 ふくだ・ひとし 1962年、山口県岩国市生まれ。2014年、51歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断される。15年に「認知症サポート壱行の会」設立。長崎県認知症疾患医療センターに相談員として勤務する傍ら、当事者による全国組織「日本認知症本人ワーキンググループ」理事として政策提言もしている。

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