病院での診断でどん底に…逆に深まった「夫婦の絆」

西日本新聞

復刻連載・私たちも、産みたい~夫が不妊の場合<3>

 【妻・38歳の告白】

 それはもうショックでしたよ。精子がないって一体どういうこと、って。

 もう7年前です。病院で診断結果を聞かされた日は夫が仕事でした。とても口頭では伝えられず、「ジュニアは宇宙に行って帰還できないらしいよ」と携帯メールで。夫はそれですべてを悟ったようでした。

 不妊治療を始めるまでの5年間は、一人でもんもんとしていました。夫の前では泣けないから、お風呂場や夫が当直勤務の日に泣いたり、悲しいドラマを見ているふりをして泣いたり。「子どもが欲しい」と言うと、夫を追い詰めるから言えない。だから2年前、夫から治療を切り出してくれたときはうれしかった。

 昨夏、精巣から精子細胞を採って培養する手術を夫が受けてくれたので、今度は私の番。保育士の仕事を辞めて専念することにしました。これまでに2回した顕微授精は失敗したけど、また4月から挑戦します。

 親戚からのプレッシャー? 11年前の結婚直後の方がすごかったですね。夫の親戚の集まりに顔を出すたびに「子どもはまだね」「女は子どもを産まんと」と。それが夫の不妊が原因と分かって、一変しました。

 みんなとても心配してくれて。看護師の義姉は、幼い子がいるのに病院に付き添ってくれたり、排卵誘発剤の注射を毎日打ちに来てくれたり。私も夫の実家へ行きやすくなりました。治療のつらさを相談できる友達もたくさんいて。治療を始めて「味方がいっぱいいる」と知ったんです。

 だからそんなに気負いはないです。さすがに治療前に、夫の両親から「出産祝い」と書かれた封筒で現金を渡されたときは、びっくりしましたけど。「気が早いよ~」と笑い飛ばせるくらい仲良くなれたので。

 でも「もし不妊の原因が私にあったら…」と時々、怖くなったりもします。

 【夫・33歳の告白】

 妻とは合コンで出会ったんです。「年上がタイプ」と言っていた妻ですが、波長が合ったので僕からアタックしました。

 結婚後は、周りが「子どもは」とあんまりうるさいので「不妊治療中と言えば黙るのでは」と考え、2人で軽い気持ちで病院に行ったんです。無精子症…。「男として役に立っていない」とどん底でした。不妊は女性の病気というイメージもあったから余計です。

 両親に打ち明けられる状態になるまで半年かかりました。母は「産んだ私のせい」と大泣き。父は「遊べるやんか」と変に僕を励まそうとしていました。姉は「小さいころに高熱を出したからだ」と言うのですが、原因は分かりません。

 妻も僕を気遣ってくれているのが分かりました。普段は肝っ玉母ちゃんのように元気で明るいのですが、落ち込んだら電気をつけ忘れるくらい繊細。「2人の人生もいいよね」と言ってくれていたけど、彼女は保育士で子ども好きなので、無理をしていると分かりました。少しでも望みがあるなら、不妊治療をしようと思いました。

 僕のせいで妻につらい治療を受けさせて、心が離れるんじゃないかという不安はありました。でも彼女は文句も言わず、闘ってくれて。それを見て、ますます好きになりましたね。絆は逆に深まったんじゃないかと思えるんです。

 治療で休んだりするので、職場には打ち明けています。何を言われるかと怖かったのですが、誰もちゃかしたり過剰に深刻になったりせず、話を聞いてくれます。今は自分から「種なしだから」なんて笑って言えるくらい。もちろん酒の席ですけど。

 この記事は2011年3月17日付で、文中の年齢、肩書、名称などの情報は全て掲載当時のものです。

    ◇    ◇

 2011年、著書「私は、産みたい」で不妊治療を告白した野田聖子衆院議員が出産し、話題を呼んだ。あれから9年。少子化には歯止めがかからず、不妊に悩む夫婦は後を絶たない。この間、「家族づくり」を取り巻く環境はどう変化したのか。男性不妊を取り上げた当時の連載を読み返すと、答えが見えてくる。

PR

九州ニュース アクセスランキング

PR

注目のテーマ