日本に「社会」はあるか 久保田正広

西日本新聞 オピニオン面 久保田 正広

 米国のトランプ大統領と同様、新型コロナウイルスを恐れずに振る舞った結果、感染して入院することになったのが、英国のジョンソン首相である。自己隔離中の今春に公表したビデオメッセージの中の言葉が話題になった。

 「コロナ危機が証明してくれたのは、社会というものが存在するということだ」

 社会が存在する? 日本の私たちにはぴんとこないが、ジョンソン氏と同じ保守党の故サッチャー元首相の有名な言葉をもじったものだ。英国政治史を踏まえると含蓄があり、今の日本にも通じる。

 「社会なんてものは存在しない。いるのは個人としての男女とその家族だけ」-。サッチャー氏の政治哲学を端的に示した言葉とされる。

 つまり、個人は自由市場で競争し幸福を追求すべきで、うまくいかない人々を支える医療や福祉といった「社会」制度などに頼らず、まずは自力で頑張れということ。

 サッチャー氏は1980年代に「英国病」と呼ばれた経済の改革に取り組んだ。労働党政権による福祉国家化が要因として、徹底した「小さな政府」を目指した。公営企業の民営化や規制緩和は日本の中曽根康弘内閣にも影響を与え、小泉純一郎内閣の郵政民営化もその延長線上にある。

 ジョンソン氏の「社会は存在する」発言は、氏を救った医療制度NHSに関連したもの。NHSは原則無料で医療が受けられる英国自慢の公的制度だ。日本の国民皆保険制度のお手本にもなった。

 サッチャー政権はNHSを大きく削ったが、その後の政権が一定程度回復させた。ジョンソン氏の発言はサッチャー主義との決別だろうか。

 では、日本の「社会」はどうか。コロナ対応で、保健所や医療の苦境は明らかになったが、存在に疑いはない。

 そこへ登場した菅義偉首相が「自助・共助・公助」を掲げ、真っ先に「自助」を置く点が気になる。競争は大切だが、負けた人や参加できない人への配慮も欠かせない。

 郵政民営化の旗振り役だった竹中平蔵氏は今、首相の有力ブレーン。首相が発案した「ふるさと納税」も自治体間の競争をあおるものだ。

 首相とサッチャー氏の共通点に「たたき上げ」がある。サッチャー氏は上流階級出身が多い保守党にあって、地方都市の食料品店主の娘だ。その言葉には競争を勝ち上がった者ならではの響きがある。

 日本から「社会」がなくなることは当面なかろう。だが地方の農家出身で苦学の末に政界入りした人物が首相になれる社会で、あり続けるだろうか。 (論説副委員長)

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