戦前の大蛇山「目玉」戻る 大牟田空襲で焼失免れ…熊本の女性が寄贈

西日本新聞 筑後版 立山 和久

 福岡県大牟田市の夏まつり「おおむた大蛇山まつり」で、1938(昭和13)年に作られた八劍神社(現在の本宮彌劔=やつるぎ=神社)の大蛇山の目玉(右目)と、その由緒書(ゆいしょがき)が17日、同市の市立三池カルタ・歴史資料館に寄贈された。目玉を所有していた熊本市内の女性が大牟田市に保存を相談。同神社が譲り受けた上で市に寄贈した。大蛇山まつりの資料は戦災で焼失しており、市は「当時のまつりを知るうえで貴重だ」と話している。

 大蛇山まつりは、江戸時代の大蛇山祇園祭が起源とされる。和紙や竹などでつくった大蛇の頭と尻尾を木製の山車に取り付け、太鼓やかねを打ち鳴らしながら練り歩く。最後に山崩し神事があり、解体した大蛇山の一部を取り合い、お守りとして持ち帰るのが慣例になっている。

 寄贈された目玉も、当時の人が持ち帰ったものが、最終的に熊本市内で保管されていたとみられる。

 目玉は紙などでできており横28センチ、高さ22センチ、奥行き18センチの楕円(だえん)形で、くすんだ銀色地に黒色の目が描かれている。由緒書は目玉を入手した人が贈り先に渡す際に添えたものとみられ、送り主と受取人の名前とともに「昭和十三年八月吉日」と記載されている。ただ、詳しいことは不明という。縦20センチ、横189センチあり、大蛇とともに太鼓やかねの祇園ばやしが町内を練り歩く様子なども書かれている。

 同市には1938年ごろの撮影とみられる八劍神社の大蛇山の写真が2015年に寄贈されている。市史編さん室の山田元樹室長は「戦前の大蛇山は大空襲で資料が焼失し、よく分からないのが実情だが、今回の目玉と由緒書、写真は当時を知る貴重な資料になる。総合的に保存して後世に伝えたい」と話した。

 歴史資料館であった寄贈式では、同神社総代会の三好和雄会長(69)が「大蛇山は大牟田の歴史であり、保存できてうれしい」とあいさつ。梶原伸介館長は「来年7月のまつりに合わせて展示したい」と話した。

 (立山和久)

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