川辺川ダム水没予定地の熊本・五木村は…移住の男性「魅力発信し続けるしか」

西日本新聞 中村 太郎

 蒲島郁夫知事がダム建設容認の方針を表明した19日午前、熊本県五木村の川辺川沿いに昨年4月オープンした宿泊施設「渓流ヴィラITSUKI」では、総支配人の仮山常雄さん(55)が宿泊客の朝食の後片付けに追われていた。ニュースを聞いても「これまで通り、目の前のお客に100パーセント満足してもらうよう努力するだけです」と前を向いた。

 施設があるのは、かつて役場や学校、家々が並んだ場所。1966年に発表されたダム計画で水没予定地となり、公共施設や住宅は高台に移転。村は2009年の計画中止後、県の支援で観光振興を進め、宿や公園、バンジージャンプの施設を整備した。08年に12万人だった観光客は17万人前後に増加。だが新たに計画されるダムの規模によっては移転せざるを得ない。

 鹿児島県で観光施設や民泊NPOの運営に携わっていた仮山さんは、自然豊かな村の観光に将来性を感じて19年2月に移住。ダムについては「以前の村の苦しみは知らず、是非を評価する立場にはない」とした上で、「多くの人にこの村のリピーターになってもらえるよう、魅力を発信し続けたい」と話す。川を望む全室離れ形式の宿は来年1月まで週末は満室が続く。

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 古くからの住民の受け止めは異なるようだ。ダム計画の発表から半世紀余り、翻弄(ほんろう)され続けてきた。一時は村を挙げて反対したが、1981年に水没者3団体が補償を受け入れ、水没予定地に暮らした約500世帯は村内外に移転。人口は約千人にまで減り、高齢化率は48・8%に及ぶ。

 高台の代替地に暮らす元村職員の犬童雅之さん(84)はダム容認に転じた蒲島氏に対し「10年以上ほったらかしにして今ごろ建設だなんて、村には迷惑な話。無責任だ」と憤る。ダム対策室長や助役を務め、問題に揺れる村の再建に奔走してきた。しかし、中止が決まった途端、国は代替農地や村道の整備などをやめたという。

 少年時代は川辺川で泳いだり、ウナギやアユを釣ったりして遊んだ。水没予定地の生家の写真は、移転後も和室に大切に飾っている。「昔の村に戻してほしいけれど、もう無理な話。せめて知事は(ダムを白紙撤回した)当時の判断を間違いだと認めた上で、村を振興する責任を全力で果たしてほしい」 (中村太郎)

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