日本の治水をリードする「球磨川モデル」を 熊本知事発言全文

西日本新聞

 球磨川最大支流、川辺川へのダム建設容認を表明した蒲島郁夫熊本県知事の発言全文は次の通り。

   ◇   ◇

1、はじめに

 2008年9月11日、この本会議場において、その決断の重さを感じながら、川辺川ダム問題に関する私の考えを表明しました。それから12年余りが経過した本日、同じ議場において、私自身が決断した問題に再び向き合うことに、重大な責任と、運命にも似た「使命感」を持ち、この場に立っています。これより、「球磨川流域の治水の方向性」に関する私の考えを、改めて述べさせていただきます。

2、12年前の決断

 私が、2008年4月に熊本県知事に就任し、直ちに取り組んだ重要課題が「川辺川ダム問題」です。1966年の建設計画の発表から40年以上が経過し、それでも解決の糸口が見出せず、ダムの是非を巡る地域の対立は、深刻な状況にありました。

 そこで、「就任後、半年で結論を出す」と自ら退路を断った上で、有識者会議を直ちに設置し、国内外を代表する方々に多様な御意見をいただき、川辺川ダムを建設するか否か、熟慮に熟慮を重ねました。会議では、それまでの基本高水の「数値の正しさ」に力点を置いた議論から脱却し、「ダムによって得られるメリットやデメリットはどういうものなのか」「地域の将来像をどうしたいのか」という視点を提供していただきました。その上で、有識者からいただいた御意見は、「河川工学の観点からは、抜本的な対策を実施する場合には、ダムが最も有力な選択肢である」というものでした。

 一方で、「治水」の観点だけに限らず、球磨川が地域の「誇り」として、住民の暮らしに根付いていることに気づき、私は、「球磨川そのものが地域の守るべき宝」ではないかと考えるようになりました。

 「過去の民意」は、水害から生命・財産を守るため、ダムによる治水を選択しました。しかし、12年前、流域住民の声に耳を傾けたとき、「当時の民意」は「ダムによらない治水」を望んでいると判断しました。

 そこで、川辺川ダム計画を「白紙撤回」し、ダムによらない治水を極限まで追求すべきとの考えを表明しました。白紙撤回を表明したのち、直ちに国・県・流域市町村で「ダムによらない治水を検討する場」を立ち上げました。検討を進める中にあっても、地域の理解が得られた対策については、順次、事業を進め、県の基金を活用した防災・減災対策も進めて参りました。また、ダムによらない治水を極限まで追求するため、新設のダム以外の方法で、引堤、堤防のかさ上げ、遊水地、放水路、市房ダムの再開発などを組み合わせた10案についても検討を進めてきました。

 しかし、この10案については、事業費が莫大であること、工事期間も長期に及ぶことなどから、実施に向けた治水対策として、流域の皆様と共通の認識を得るまでには至りませんでした。

3、「令和2年7月豪雨」の発生

 そのような中、この度の豪雨が発生しました。我々の想定をはるかに超える凄まじい豪雨は、一気に球磨川やその支川に流れ込み、甚大な被害をもたらしました。川のせせらぎを間近にのぞむ温泉旅館は、一瞬のうちに、濁流に飲み込まれ、水が引いた後には、見渡す限りの土砂やがれきで埋め尽くされていました。地域を支えていた商店や工場なども浸水し、生活の基盤である「住まい」とともに、「生業」までも奪い去ってしまいました。

 この惨状を目の当たりにし、改めて、自然の脅威を痛感しました。ダムによらない治水の検討を進める中で、この度の被害が発生し、65名の尊い命が失われ、2名の方が行方不明となっておられることに、知事として重大な責任を感じております。改めて、この度の豪雨災害の犠牲になられた方々、被害を受けられたすべての皆様に、お悔やみとお見舞いを申し上げます。そして、決して取り戻すことができない命の重みを考え、私は、二度とこのような被害を起こしてはならないと固く決意し、一日も早い復旧・復興を果たすことを心に誓いました。

 

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