失われた部活の「区切り」 充実はあった校内の発表会 そして受験へ

西日本新聞 くらし面 四宮 淳平

「コロナ禍の子」(6)最終学年

 「おはようございます」。近くまで山が迫る住宅街。大分県の高校3年、シンジさん(18)=仮名=は毎朝の登校中、すれ違う人たちにあいさつをする。年下の子にも優しく声を掛ける。高校生活の「日常」が戻ってきたと実感するが、それも残りわずかだ。

 幼い頃から人前でも物おじせず、好奇心が強かった。高2の途中からは、文化系の部活動を束ねる生徒会の委員会で委員長を務めた。メンバーは1~3年の各クラスから選出された生徒たち。ただ、新入生と初めて顔を合わせたのは長期の休校が明けた6月だった。

 その場で、シンジさんは普通に生活できることがいかに幸せで、感謝することが大切なのかを語った。「これまでは世の中が明るすぎて見えていなかったけど、コロナで暗くなってから、ありがたさに気付くことができた。みんな不安だろうけど、残りの活動期間を大切にやっていこう」

 メンバーは順番に自己紹介し、シンジさんはその内容を名前や顔と結び付けて記憶していった。

 シンジさんの妹サトミさん(14)=同=は中学3年生。所属するバドミントン部は休校が明けてもなかなか練習を再開しなかった。

 日本中学校体育連盟(中体連)は今夏の大会中止を決定し、地方大会もなくなった。「これで中学の部活は終わりかな」。高校受験に気持ちを切り替えようとしていた。

 そんな頃、地元の体育連盟が7月下旬~8月上旬に、主に中3対象の代替大会を計画する。本番まで約1カ月。平日だけでなく、土日にも練習を再開した。ただ、なまった体も気持ちもついてこない。「もう動けん」。練習中にたびたび足が止まった。

 大会期間中はとりわけ暑かった。バドミントンのシャトルが風にあおられないよう体育館の窓は閉め、休憩の度に換気をした。

 本来なら、中学最後の大会はもっと達成感があるのかもしれない。でも、勝ち上がっても、県や全国へと続く道はない。試合に敗れてピリオドが打たれても「何だか終わったという感じはしなかった」。

 シンジさんの高校でも文化系の部活の多くが発表の場を失っていた。吹奏楽の部活に入っているシンジさんは友達と相談し、校内で晴れ舞台を設けてはどうかと委員会で提案してみた。

 反応はさまざまで、「発表の機会は別にもある」と不参加の部もあった。シンジさんはその意見にも納得し「出演を強制するのはちょっと違う」と考えた。参加を希望した部で7月に発表会を開くことになった。

 準備期間は1カ月足らず。「最後の舞台」を意識し、本番では友人たちの前で流行曲を響かせた。演奏後は「達成感にあふれた」。照明や観客の整理を担当してもらった生徒には、自然とこみ上げてきた感謝の言葉を伝えた。

 発表会を終え、秋までに生徒会と部活を退き、受験勉強中心にシフトした。

 進路は関東の大学も考えていたが、オンライン授業が中心で、アルバイトもできないかもしれない。オープンキャンパスもオンライン開催だった。実際に関東で暮らし、通学する大学生活を思い浮かべることは難しく、九州の大学を目指すことにした。

 高2のころから、ベストな生活リズムを把握している。午後11時に寝て、午前5時に起きる。受験を控えていても、亡くなった祖父から自主的に継いだ毎朝の風呂掃除は欠かさない。塾には通わず、平日は学校、週末は自宅中心の学習だ。

 今年の高3はコロナだけでなく、大学入試改革に伴う英語の民間試験活用の有無にも振り回された。大学入試センター試験の後継となる大学入学共通テストも初めて受ける。

 それでも気負いやプレッシャーはない。「過去のテストは関係ないし、与えられた環境の中でやるだけ」。残り約2カ月。「最小限の学習時間で最大限の効果を出したい」 (編集委員・四宮淳平)

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