人の情けという薬を知った【壱行の歌 認知症を描く】

西日本新聞 医療面

若年性認知症当事者・福田人志さん寄稿(6)

 任意後見人の中倉美智子さんがしかってくれたおかげで、私は自分を取り戻しました。2014年の暮れには、激しく悔しがったり落ち込んだりせず、落ち着いた生活を遅れるようになっていました。

 私の記憶から、数々の文字や言葉、生活の中の当たり前の動作までが容赦なく消えていきます。そのため、あんなに嫌だった脳活性化のためのリハビリが「全て私自身に必要なこと」と納得できました。平仮名や漢字の書き取り、「あいうえお」の発声練習、さらに小説を読んだり四字熟語を覚え直したり…。中倉さんの厳しい指導の合間に、パソコンの練習を装って、こっそり愚痴を打ち込んだりできるようにもなりました。

 心に余裕ができると、変わるものですね。それまで庭の花にも全く興味がなかったのに、草むしりや庭掃除をするうちに、雑草にも小さな花が咲くことを知り、美しいと感じるようになりました。

 「認知症になると孤独になる」という私の考えは間違いでした。医師や看護師、薬局の人や近所の方も優しく声を掛けてくれていることを知りました。私は認知症の薬を飲んでいますが、もう一つ、「人の情けという薬」にも気付くことができたのです。

 「母さん心配掛けてごめん。これから精いっぱい頑張るから見ていてね」。久しぶりに母のお墓参りができ、私はすがすがしい気持ちでした。

 ある日、中倉さんが声を上げました。「うわあ、なんて書いてあるの。分からないから教えて」。私が認知症になって以来、その時々の感情を殴り書きしたメモ帳を、ごみ箱から拾い上げています。

 「このメモの束は、あなたの歴史みたいだね」。書道が得意な中倉さんが、嫌がる私を横目に、メモにつづった言葉を筆で書き始めました。やがて、この「壱行の歌」につながっていくのでした。

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 ふくだ・ひとし 1962年、山口県岩国市生まれ。2014年、51歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断される。15年に「認知症サポート壱行の会」設立。長崎県認知症疾患医療センターに相談員として勤務する傍ら、当事者による全国組織「日本認知症本人ワーキンググループ」理事として政策提言もしている。

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