ベトナムの若者から教わること【坊さんのナムい話・22】

 今日たくさんのベトナム人が日本に滞在しています。ベトナム建国の父であるホー・チ・ミン氏が勤勉を奨励したことから、勤勉であると「言われている」日本人は尊敬され、憧れの国になったと聞きました。

 永明寺では日本にいるベトナム人のための法要を毎年行っています。今年はコロナのために見送りましたが、毎回200人以上の方が仏様の教えを求めて来てくれます。その法要をきっかけとして、福岡県にベトナム人コミュニティーも生まれました。

 昨年、コミュニティーの新年のお祝いに招かれました。若者たちが伝統舞踊を舞い、寸劇を披露し、肩を組み歌います。今これを若い人にやらせるときっとパワハラだといわれるでしょう。しかし、ベトナムの若者は楽しんでやっています。成長期を迎えた国の若者の力を見せつけられ、その姿にかつて急成長を遂げた日本の姿が重なりました。

 そんな日本人とベトナム人のお寺との関わり方は大きく違います。私が見る限り日本では「お寺は何をしてくれますか?」という姿勢の方が少なくありません。ベトナムの方は「私はお寺に何ができますか?」と言います。法要の朝は誰彼となく当然のように境内を掃除してくれます。僧侶の前を無言で横切ることはしません。仏教に関わるもの全てを大切にすることが彼らの信仰の表れなのです。

 先日ベトナムの若者がお参りに来てくれました。彼らが仏様の前にひざまずき拝む姿勢は、美しく思わず息をのむほどです。日本で暮らす彼らの立場は弱く、決して経済的に豊かだとは言えません。しかし、目に見えないものを尊ぶことの強さと美しさに違う豊かさを感じました。

 日本にも目に見えないものを尊ぶ価値観があります。目に見えない「陰(かげ)」の部分に「お」をつけて丁寧に呼び、さらに「様」までつけて「おかげさま」といって感謝し手を合わせてきました。ただ、現代ではそれを無駄な行いとみる人も増えています。

 憧れの国である日本は経済力を手に入れるために多くのものを手放したようです。そしてその経済力すらも失おうとしています。私たちが捨てたものがどういうものであったのか。ベトナムの若者たちが教えてくれます。

 (永明寺住職・松崎智海 北九州市)

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