最低賃金「時給800円台では…」 普通の生活、いくら必要?実態と隔たり

西日本新聞 くらし面 河野 賢治

最低賃金を問う(上)

 働き手がもらう給料の下限額「最低賃金」が、10月から本年度の金額に改定された。今年は新型コロナウイルスの影響による企業経営の悪化で、近年の大幅増から一転し、全国で小幅な引き上げに。だがそもそも、最低賃金は暮らしに必要な水準に届いていないという声が強い。「労働者の生活安定」という本来の目的に沿うには、どうあるべきなのか。

 「フルタイムで働いているのに、なんで生活できないんですかね」

 福岡県久留米市の男性(44)は給与明細を見て嘆いた。勤務先は時給900円の食品製造会社。コロナで受注が減り、9月の給料は手取り12万円ほどだった。

 30代前半から10社近くで働いた。全て非正規で、時給は最低賃金レベルの800円や850円。年金が月1万円台の母(74)と2人で暮らし、生計を支える。

 昨年は事故で足を骨折し、仕事に行けなくなった。初めて生活保護を受給。「非正規は貯金ができない。病気やけがが一番、困る」

 病気がちな母の通院に付き添うため、20代から正規雇用の仕事には就けなかった。母は今、病気で失明の恐れがあり、医療や介護費が気にかかる。「国には、『時給800円台でやっていけますか』と言いたい」

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 働き手が普通の生活をするのに、どのくらいの賃金が必要か。全国労働組合総連合(全労連)は、その額を「最低生計費」とし、各地でアンケートなどを実施して調べている。

 福岡県労連は2017年度、組合員などに聞き取りを実施した。家賃や食費、交通費、交際費を聞き、テレビや冷蔵庫といった約260の物品を挙げて所持品を尋ねた。生活に必要な商品やサービスを積み上げていく「マーケット・バスケット方式」という手法だ。

 寄せられた約3千人の回答から、25歳の単身者の最低生計費を計算。結果は福岡市に住んだ場合、税金や社会保険料を含めて男性が月約22万7千円、女性が約23万6千円だった。

 この額を、休憩を除いた一般的な所定労働時間で時給に換算すると、男女とも1500円台。一方、当時の福岡県の最低賃金は時給789円。20年度の改定額でも842円で、試算を大幅に下回っている。

 では、1500円台という額はぜいたくなのか。はじき出した25歳の単身者の生活はこうだ。

 家は福岡市東区のアパート。広さは25平方メートルの1DKで、家賃は月3万2千円。車やバイクはなく、自転車と電車で中心街に通勤する。食費は男性が月4万3千円、女性は昼食に弁当を作るとして3万2千円。飲み会やランチ会に月2~3回参加し、1回3千円-。

 県労連の懸谷一(かけたにはじめ)副議長は「最低賃金は一番低いところでなく、平均的な生活に必要な額。憲法が保障する『健康で文化的な最低限度の生活』は、この水準ではないか」と問題提起する。

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 最低賃金の安さは、「正社員の男性」を中心とした日本型の雇用システムも関係している。

 国内では高度経済成長期以降、夫の給料を柱に、妻がパートで収入を補助する家庭が増えた。妻は被扶養者として、収入を抑えて働いた方が医療や年金の負担が軽くなり、パートなどの賃金は補完的なものとして低く据え置かれた。

 ところが1990年代から労働分野の規制が緩和され、派遣や有期雇用といった非正規労働者が増加。「家計補助」のレベルの収入だけで暮らす人が生まれ、賃金のあり方が問われるようになった。

 非正規労働者の数は17年、20年前に比べて倍増し、働く人の4割近くに上る。年収200万円以下で働く人は約1098万人。一方で最低賃金の伸びは鈍く、20年度の全国平均の時給902円は、02年度から239円上がっただけだ。先進国でも水準は低い。

 最低生計費に詳しい静岡県立大の中沢秀一准教授は「最低賃金は1日8時間働き、普通の生活ができるレベルであるべきだ。全国一律で時給1500円が妥当な水準だろう」と提言している。 (編集委員・河野賢治)

 【ワードBOX】最低賃金
 非正規を含む全ての労働者に適用される賃金の下限額。毎年夏に国の審議会が引き上げの目安額を示し、都道府県の地方審議会が経済状況を踏まえて改定額を決める。金額は毎年度見直され、都道府県ごとに時給で示す。安倍前政権は毎年3%程度の引き上げと、全国平均で時給1000円を目指す方針を表明。全国平均の時給は2016年度から4年連続で20円台の増額となったが、20年度は新型コロナの影響で1円増の902円にとどまった。

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