信念を曲げず、水俣病と闘い続けた…元原告団長の川上敏行さん死去

西日本新聞 社会面 村田 直隆 河野 潤一郎

 水俣病を巡り国と熊本県が被害を拡大させた責任を、最高裁判決が初めて認めた水俣病関西訴訟の元原告団長、川上敏行(かわかみ・としゆき)さんが18日午前11時58分、老衰のため大阪府東大阪市の病院で死去した。96歳。熊本県水俣市出身。通夜、葬儀は親族のみで営まれた。

 1968年に水俣市から大阪に移住し、73年に熊本県に水俣病患者認定を申請したが認められなかった。82年、関西に住む未認定患者らと国、県、原因企業チッソに損害賠償を求めて提訴した。

 94年の大阪地裁判決は、チッソの賠償責任は認めたが行政責任を否定。95年の政治決着を拒み訴訟を継続した。大阪高裁で2001年、国、県の責任を認める判決を勝ち取り、04年の最高裁判決で確定。第2の政治決着となる水俣病被害者救済法など、未認定患者救済拡大の契機になった。

 自身は11年、申請から38年を経て患者認定された。長女の山口ひとみさん(66)によると、8月下旬から体力の低下が著しかったという。「信念を曲げず、水俣病を巡る闘いを生きがいに頑張ってきた父だった」としのんだ。 (村田直隆)

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