炭鉱で生まれた無数の歌 26歳が聴いた仕事唄(1)

西日本新聞 筑豊版 丸田 みずほ

 人から「粘着質だな」と言われると「違うし」とムキになって否定する。思い当たる節があるからムキになるのだ。だからこんなに恐ろしい歌にも共感してしまう。

 ♪わたしを見捨てて他に花が 咲くと思うか義理知らず たとえ他に花咲いたとて わたしの恨みで皆殺し サノヨイヨイ

 思わず噴き出した。まさに私のことじゃないか。歌う女性のビブラート(声の震え)が妙に効いており、怒りのあまり声が震えているみたい。合いの手として入るはやし言葉は特に意味を持たないのに「サノヨイヨイ♪」と異様に愉快で恐ろしさを増幅させる。

 これは炭鉱で働く女性が夜通し石炭とボタ(不要な石)をえり分ける作業で歌った「選炭唄」。単純作業の眠気覚ましとして選炭婦が男女の恋や上司の悪口などを即興で歌った。

 この歌を聴いて、ある「事件」を思い出した。昔、付き合っていた人からなかなかLINE(ライン)が返ってこなくなり、他の女性に気が向いているんだろうと感づいた。案の定、その人は別の人と付き合い始めた。私は思った。「何なんだ。2人ともまとめて地獄に落ちればいい」

 聴けば聴くほど深みにはまり、自覚せざるを得ない自分の執念深さ。別の人とは、私が大学時代に一番仲が良かった友人なのだからしょうがない。

 そもそも、炭坑節と聞いて真っ先に浮かぶのは「月が出た出た」で始まる陽気なメロディーだった。「選炭唄」のように、坑内外で作業別に歌われた歌があることを今回初めて知った。

 例えば採炭夫が石炭を掘るときに歌った「採炭唄」や、炭層に火薬を詰める穴をあけるときに歌う「石刀(せっとう)唄」などがある。メロディーがあるようには聞こえない恨み節や哀愁に満ちたつぶやくような歌など、それぞれ「月が-」とは驚くほどイメージが違う。

 歌には明確なメロディーがあるという概念はことごとく崩され、最初はその大半に「なんじゃこりゃ」と思った。それが聴いているうちに病みつきになり、気づいたら口ずさんでいるから不思議だ。

 仕事唄が筑豊に初めて入ってきたのは明治時代とされている。ユーモアたっぷりの皮肉で過酷な労働現場の鬱憤(うっぷん)を晴らすように歌ったり、時にヤマの暮らしの良さを歌ったりした。歌は当時の労働に無くてはならないものだった。

   ♪    ♪

 本紙筑豊版は年間を通じて、地域に根付く音楽を紹介してきました。企画の最後として、炭鉱で生まれた仕事唄を26歳の私が聴いて感じたままに書き連ねます。 (丸田みずほ)

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