普賢岳噴火から30年 災害記憶の風化防ぐ石碑

西日本新聞 くらし面

新局面 災害の時代―後悔しない備え(28)

 今月、連載が1年を迎えることができ、読者の皆さまにお礼申し上げます。初回に掲載した昨年の佐賀豪雨や台風17号、今年の7月豪雨と、九州は激甚災害が続いています。

 被災者以外の人が教訓を学び、生かせるよう記憶にとどめようにも、あまりの激甚災害続きで難しい状況です。教訓を次世代につなぐアナログな方法としては防災教育、語り部、災害記念碑などがあります。

 23万人が犠牲になった2004年スマトラ津波。私はインドネシアの被災地アチェで日本の津波記念碑を模し、さらにポールで津波の高さを再現する85基の記念碑建設プロジェクトに携わりました。そのため「津波ポールの杉本、記念碑の杉本」と呼ばれています。

 ところが東日本大震災では、津波記念碑が300基以上も現存していた東北で被害者が相次ぎ、当時在籍していた東京大の同僚教授に「君はまだ石碑が防災上有効だと思っているのか」と笑われました。しかし、教訓が忘れ去られるのは受け止める人間社会の側の問題です。石碑は防災教育に有効だと私は考えます。

 国土地理院は昨年、全国の災害に関連する石碑を地図上に示す事業を始め、私は意を強くしました。石碑は野外ミュージアムと同等の効果があると、子どもに対する防災教育を通じて学んだからです。

 伝える努力を怠って気が緩んだタイミングで災害が起きた時に、災害記念碑は教訓を伝えられなかった無意味な物だと誤って評価されるのだと私は考えます。

 もちろん石碑が存在するだけでは意味がありません。デジタルを含めたハイブリッド型の防災教育をし、年齢に応じた伝承が大切です。災害経験者の語り部活動や、現在、私が編集に参加している福岡県の防災副読本もその一つです。

 今月17日は雲仙・普賢岳の噴火開始から30年の節目でした。活動終息後、現地に建てられたモニュメントにともされていた溶岩ドーム由来の火が2年前、台風の影響で消えてしまい、さらには「災害教訓の伝承と復興への誓いのため、未来を照らす炬火(きょか)として、ここに灯(とも)し続ける」と刻まれた碑文まで除去されている現状を憂えています。

 普賢岳災害で犠牲者を出した主要メディアの中にも当時を知る関係者が減ったせいか、「噴火から30年」を取り上げなかったところがありました。記者は文系出身が多く、何も防災知識がなく現場に派遣されるのでは、竹やりでB29に立ち向かうようなもの。新人に防災教育が必須です。風化を食い止めるためにも、被災した経験のある報道機関が、災害のメカニズムなど知識と経験を蓄えて次世代へ伝承してはじめて、市民に防災を訴求する姿勢に深みと広がりが増すのです。

 (九大准教授)

 ◆備えのポイント 国土地理院の全国の自然災害伝承碑ホームページ。この1年間の掲載記事は「連載 後悔しない備え」で検索すれば西日本新聞のホームページで読むことができます。

 ◆すぎもと・めぐみ 京都府生まれ。京都大大学院修了。東京大地震研究所特任研究員などを経て、2014年度から九州大助教、20年度から准教授(男女共同参画推進室)。専門は防災教育、災害リスクマネジメント。在インドネシア日本国大使館経済班員として2004年スマトラ沖津波の復興と防災に携わる。「九州大学平成29年7月九州北部豪雨災害調査・復旧・復興支援団」メンバーとして福岡県防災賞(知事賞)受賞。編著に「九州の防災 熊本地震からあなたの身の守り方を学ぶ」。

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