エリートと大衆の分断 米民主党の重い課題

西日本新聞 文化面

バイデンが目指すべきもの

 アメリカ大統領選挙は、開票を巡って混乱した。トランプ大統領は「不正」を訴え、敗北を認めなかった。バイデンが勝利をおさめたものの、獲得した票は拮抗(きっこう)していた。そのため、選挙結果を巡って両陣営の対立がくすぶり、様々なところでアメリカ社会の「分断」への懸念が表明された。

 そのような中、哲学者の國分功一郎は、11月8日のツイートで「違和感」を表明した。多くの人は「社会の分断」を懸念しているが、「意見の不一致は政治の出発点であって、それが存在しないかのように政治が進んでいくことは恐るべき事態を招く。この意味では『分断』は政治の条件ですらある」。國分曰(いわ)く、重要なのは「『分断』の位置を確認すること」である。ありもしない「社会の一体感」を前提とすることこそ、政治における議論や合意形成を窒息させる。

 政治は、異なる他者と「何とかやっていく方法」を模索する作業である。社会は、価値観も利害も異なる人々によって構成されている。政治の役割は、差異を抑圧して同一化することではなく、差異を認め合いながら共存するあり方を見出(みいだ)すことにある。分断こそが、政治の契機である。

 では、アメリカ社会の真の「分断」の位置はどこにあるのか?

 フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドは、「それでも私はトランプ再選を望む」(『文藝春秋』11月号)の中で、次期大統領のバイデンが向き合うべき分断について、重要な示唆を与えている。

 トッドがこの論考を発表した時点で、まだ大統領選挙の投票は行われていない。そのため、どちらの候補者の当選がアメリカにとって有益かを論じているが、彼は「トランプの再選の方が、米国にとっても、世界にとっても、どちらかと言えば望ましい」と述べている。

 トッドは、トランプの対イラン外交を「馬鹿(ばか)げた」政策とこき下ろす。その人格や発言も「耐えがたいのは明白」だという。そして、自らの立場を「民主党左派」と見なしたうえで、それでもなおトランプ再選の方がよいという。なぜか。

 トッドがトランプを評価するのは、「自由貿易」という理念に固執しない点である。自由貿易は格差を拡大し、社会を分断する。トランプは就任早々、環太平洋連携協定(TPP)に反対し、脱退を決定した。そして、国内産業や雇用を積極的に守ろうとする「保護貿易」を重視した。

 トッドの見るところ、アメリカ経済はオバマ政権終わり頃から回復基調にある。家計の実質収入は上昇し、コロナ禍が始まるまで、貧困層も減少傾向にあった。人口動態の面でも健全な人口増加率を維持し、ある種の安定を維持している。

 今後のアメリカの課題は、更(さら)に格差を是正し、貧困層の社会的地位を向上させることにある。しかし、民主党を支えるエリート層は、自由貿易という「一種の“空虚な信仰”」に固執し、現実に存在する格差問題に真剣に取り組まない。「高学歴エリートは、『人類』という抽象概念を愛しますが、同じ社会で『自由貿易』で苦しんでいる『低学歴の人々』には共感しないのです。彼らは『左派(リベラル)』であるはずなのに、『自分より低学歴の大衆や労働者を嫌う左派』といった語義矛盾の存在になり果てています」

 民主党は黒人差別に反対し、人種問題に積極的に取り組んできた。そのこと自体は、大いに評価すべき取り組みである。しかし、トッドの見るところ、アメリカ社会から黒人を疎外しているのは、民主党の政策だという。自由貿易は、確実に黒人貧困層から職を奪う。「民主党は、『黒人を擁護する』と言いながら、肝心の経済政策において『黒人マジョリティの利益』を代弁せず、実質的に『アンチ黒人』と化している」と指摘する。

 民主党が向き合うべき分断は、エリートと大衆の分断であろう。普遍的な理念の追求と共に、貧困層の生活を向上させることができるかが問われている。オバマ政権を支えたバイデンに、そのことが可能か。新大統領に突きつけられた課題は重い。

(中島岳志 なかじま・たけし=東京工業大教授)

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