唐津街道歩いて歴史体感 宗像市の「赤間宿」「原町」

西日本新聞 ふくおか都市圏版 床波 昌雄

 豊前小倉(北九州市)と肥前唐津(佐賀県唐津市)を結ぶ「唐津街道」は、朝鮮出兵のため豊臣秀吉や石田三成など名だたる戦国武将が通った歴史の道だ。福岡県宗像市には宿場町「赤間宿(あかましゅく)」と街道筋の「原町(はるまち)」が往時の面影を残している。街道を歩いて歴史のロマンを感じてきた。

 筑前21宿の一つとして江戸時代から明治期の鉄道開通まで宿場町、物資の集積地として栄えた赤間宿。約550メートルの通りには、かつては町茶屋や旅籠(はたご)、商家のほか、郡内村役人の集会所「郡屋」などが立ち並んでいた。現在も白壁の町家をはじめ、旅人が喉を潤した辻井戸などが残る。

 赤間宿出身で立志伝中の人物が出光興産創始者の出光佐三(さぞう)(1885~1981)だ。佐三は、現在も残る白壁の生家で福岡商業学校(現福翔高)卒業まで過ごし、神戸高等商業学校(現神戸大)へ進学した。地元、宗像での佐三は、実業家としてよりも愛郷心が強く物心ともに郷土の振興に尽くした人物として知られる。

 宗像大社の神社史編纂(へんさん)や、沖ノ島の学術調査実施などに尽力。2017年に世界遺産に登録された「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」実現に至る道のりは、佐三の功績なくして語れない。生家の近くでは地元有志が「出光佐三展示室」を運営。ボランティアガイドの1人、石松幸子さん(73)は「私自身も佐三さんのことを勉強しながら、魅力を伝えています」と笑う。

 赤間宿の魅力について、1790(寛政2)年創業の勝屋酒造の川嶋郁子社長(66)は「古い町並みと温かい人情。町歩きを楽しんで」と語る。

 赤間宿から南西に約4キロ。次の宿場町「畦(あぜ)町宿」(福津市)に至る途中に位置する「原町」は、通りの道幅が狭くより一層当時の面影を残す。江戸時代初期、わずか数件の家があるだけだったが、江戸時代後期には旅の休憩所や商家が立ち並びにぎわったという。

 郷土史に詳しい中村研一・琢二生家美術館の中村嘉彦館長(79)は原町発展は「近くの許斐山(このみやま)が山岳信仰の対象となり、多くの登山者が集まるようになったため」と解説する。

 原町でぜひ立ち寄りたいのが、週末と祝日限定で開く古美術店「宗像楽市楽座」だ。店主の真武喜幸さん(71)が九州中から集めた和洋の骨董品が店内にあふれ、見ていて時間を忘れるほどだ。 (床波昌雄)

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