『博多っ子純情』何がえずかか、つやつけと~ 「青春伝説」人間くさか

西日本新聞 吉田 昭一郎

フクオカ☆シネマペディア(13)

 福岡市の伝統の祭り、博多祇園山笠を誇りに思う、やんちゃで庶民的な男子中学生、郷六平の青春を描く劇映画「博多っ子純情」(1978年、曽根中生監督)。福岡ゆかりの映画を語るとき、見落としてはいけない作品の一つだ。

 公開から40年以上。隔世の感があるのは路面電車の走る街並みだけではない。博多弁丸出しではじけまくる六平の人間くささ、熱っぽさにちょっと圧倒される。闘争・生存本能であったり、性衝動であったり、生命体として生来の欲求を、思春期のドタバタ喜劇にのせて、あらわに描き出す。

 今、現実に同じようなことをすれば暴力事件だ、セクハラだ、と大騒ぎになりそうだ。会員制交流サイト(SNS)で広く浅くつながり、大人びて賢く見える今どきの少年像を思うとき、この映画は既に「博多青春伝説」の域に踏み込んでいるのかもしれない。

 六平は、博多人形師の父(小池朝雄)、専業主婦の母(春川ますみ)と暮らす。家で山笠仲間の宴会があり、締めに「祝いめでた」の唱和が響くなど、山笠が生活に入り込んでいる。六平は初めて締め込みをし、舁き手になったのがうれしくてたまらない。

 性への興味は旺盛だ。「○○はどげんすっか、知っとおや」とか、級友との会話はその筋が多い。「エリーゼのために」のピアノ演奏が聞こえる隣のお姉さんにあこがれる。理髪店のお姉さんの吐息にドキドキしてしまう。成人映画館に入ろうとして追い返されることも。同級生の小柳類子(松本ちえこ)との淡い恋や、駆け落ちした隣のお姉さんとの対話など、六平の純情な不器用さがある種、懐かしい。

 つやつけたい(かっこつけたい)から生傷が絶えない。小柳と歩いていて高校生に絡まれ、反撃してピンチに陥る。万引をしようとする上級生たちを注意して逆恨みで呼び出されたり、別の中学に通う上級生の集団リンチに遭ったり。こてんぱんにやられた揚げ句に、級友たちの前では「何がえずか(怖い)か」とつやつけるが、「本当はめちゃくちゃ痛かった」とこぼしては笑われる。リベンジだと、級友らの助けを得て福岡城跡での決闘に乗り出すのだが…。

 言わずもがなだが、原作は長谷川法世さんの漫画。だから、映像表現も劇画的で大げさと言えば大げさだ。デフォルメの効いた喜劇ではあるだろう。だが、よく見てみると、六平は粗忽(そこつ)者でよくずっこけるが、計算ずくでは生きていない。心根には義俠心(ぎきょうしん)の芽生えのようなものがある。博多人形師の父は、もうけを度外視して発注者の思いに応えようとする誠実さがある。家族や周りの人たちにも人情がある。

 博多弁満載だ。折々に解説の字幕まで付く。「しろしか」「くらさるーぞ」。よもや博多弁が廃れることはないはずだが、万一そうなるなら、博多弁の映像資料になるだろう。

 六平を演じるのは現在、名バイプレーヤーとして活躍する光石研(北九州市出身)。絞り出す「しぇからしか」になかなか味がある。 (吉田昭一郎)

※「フクオカ☆シネマペディア」は毎週月曜の正午に更新しています

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