「経済と防疫の森」で迷う

西日本新聞 オピニオン面

 ピアノの鍵盤を押すと中のハンマーが弦をたたいて音が出る。ハンマーは羊の毛を使ったフェルト、弦は鋼。宮下奈都さんの小説「羊と鋼の森」はピアノ調律師が主人公だ

▼その仕事は音程を合わせる調律の他に音色を作る整音も。硬めの音を出すならハンマーのフェルトを削り、軟らかい音は針を刺して弾力を出す。プロの力量が問われる

▼目指す音が決まっていなければ「羊と鋼の森」の中で道を見失うことになる。こちらは「経済と防疫の森」の中で目指す方向を定められず、迷走してはいないか。政府の新型コロナ対策だ

▼感染の「第3波」が急拡大。各地で感染者数が最多を記録し、医療現場の緊迫も指摘されている。東京などの大都市では飲食店への営業短縮要請も始まった。菅義偉首相は「この3週間が極めて重要な時期」とし、マスク着用や手洗い、3密回避などを訴えた

▼だが、首相がこだわる「Go To トラベル」を巡っては、見直しを求める専門家と経済を回したい政府の認識がかみ合わず「調律」は難航。国の事業の停止判断を求められた知事たちとの間には「不協和音」も

▼腕のいい調律師は顧客がどんな音色を望むのかを聞き、それに合った音を作るとか。コロナ対策の硬軟のバランスは難しいが、政策がハーモニーを奏でるには、首相が専門家や現場の声に真剣に耳を傾けて適切にタクトを振るしかあるまい。力量が問われる。

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