【日本学術会議問題】 平野啓一郎さん

西日本新聞 オピニオン面

◆民主主義維持の瀬戸際

 日本学術会議会員の任命拒否問題は、日本という「法の支配」下の国にあって、総理大臣が、就任早々、公然と法律に違反し、その後も違法状態が続いている、という前代未聞の出来事である。

 既に670もの学術団体が抗議し、野党が批判し、法律の専門家らが問題を指摘している通り、日本学術会議法は、総理が、学術会議の「推薦に基づいて」、その会員の任命を行うことを定めている。学問の自由を守る観点から、「任命」が形式的なものに過ぎないことは、創設時の公選制から学会推薦制に法改正がなされた1983年の国会でも、当時の中曽根総理らが明言しており、また、2004年に、現行の「コ・オプテーション方式」に再度、法改正がなされた時にも変更はなかった。総理に法的に拒否権はないのである。

    ◆   ◆ 

 菅総理は、18年に極秘に作られた「内部文書」で、推薦された人を総理が必ず任命する「義務があるとまでは言えない」と勝手に法解釈が変更されたことを根拠に適法を主張しているが、そんなことが罷(まか)り通るならば、どんな法律も骨抜きにされてしまう。第一、誰がどう見ても、これは1983年の国会答弁と矛盾しているが、現総理は、法解釈は一貫している、と強弁している。これは最早(もはや)、日本語そのものの破壊である。

 NHKのニュースウオッチ9に出演した菅総理は、キャスターから、6人の会員の任命を拒否した理由の説明を求められると、「説明出来ることと、出来ないことってあるんじゃないでしょうか」「105人の人を学術会議が推薦してきたのを、政府が今、追認しろ、と言われるわけですから!」などと、机を叩(たた)く身振(みぶ)りで怒りを露(あら)わにした。異様な光景だった。

 説明は当然、すべきであり、総理に追認せよと命じているのは法律である。従う以外に何があるのか?

 総理は、今回の一件について、「前例踏襲でいいのか」と再三、口にしているが、「前例踏襲」と「法律遵守(じゅんしゅ)」の区別さえつかないとすれば、総理大臣や国会議員の資質を欠くことはおろか、一国民としてもまったく非常識である。区別がついた上で、首相になったからには法律に違反しても構わないと考えているならば、立憲主義も法治主義も否定する、恐ろしい、独裁的な政治思想の持ち主である。

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 首相はその後、支離滅裂な学術会議批判を繰り返しているが、私たちは耳を傾けるべきではない。それは、DVやいじめの加害者が、自分の暴力を棚に上げて、被害者のどこがどう悪かったからだと論(あげつら)うのと同じであり、それを聞かされた者たちは、やはり被害者にも問題がある、などという話を始めてはならないのである。

 首相個人が、学術会議に対して思うところがあるというのは自由である。しかし、改革が必要であれば、国会で法改正をしなければならない。現に過去2回、そうしてきたはずであり、気に食わないからといって法を犯し、そのあとで、国民に追認しろ!などと迫るのは言語道断である。

 この学術会議問題の最中、首相は、「パンケーキ好きの親しみやすいオジサン」という見え透いたプロパガンダと、露骨なメディア懐柔策として、番記者との「オフレコ懇談会」を企画し、これに数多くのメディアが参加した。私は、学術会議問題を適切に批判している西日本新聞の社説を支持するが、だからこそ、西日本新聞がこのオフレコ懇談会に参加したことには、強い失望と不信感を抱いたことを言っておきたい。

 私たちは、日本の民主主義を維持できるかどうかの瀬戸際にいるのである。

 【略歴】1975年、愛知県蒲郡市生まれ。2歳から福岡県立東筑高卒業まで北九州市で暮らす。京都大在学中に「日蝕」で芥川賞。「マチネの終わりに」で渡辺淳一文学賞。「ある男」で読売文学賞。本紙で連載された「本心」は来年刊行。

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