九州と絆、大濠で60年 テイラーさんの福岡日記

西日本新聞 国際面

 11月4日(日本時間)の米大統領選投開票日に西南学院大で、新型コロナウイルス感染予防のために人数を制限した上で大統領選について学ぶイベントを行いました。今年は多くの学生が米国留学を断念したと聞き、米国を感じられる経験を提供したいと思ったからです。米国との次世代の友好関係を担う九州の若者が、米国政治や日米関係などについて自分の意見を述べる姿を見て心強く感じました。

 私はいかなる時も日米はこれまでの強い絆で結ばれていくと確信しています。揺るぎない日米関係は、両国民が力を合わせ新たなつながりを築いてきた結果です。そして今日の九州と米国の強固な関係は、永続的な市民交流によって支えられてきました。

 私が初来日したのは教会の宣教師としてでしたので、西南学院が米国人宣教師によって100年以上前に創立されたことや、同様の学校が福岡や長崎など九州にいくつかあることを知り、九州と米国の友好の歴史の奥深さに感銘を受けています。また終戦からわずか10年後の1955年、長崎市が日本で初めてとなる海外との姉妹都市提携を米セントポール市と締結し、長崎市民が日米市民交流の先駆者として全国をリードしてきてくれたことに感謝しています。

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 九州との歴史の中で、今年は当館にとって大きな節目の年です。52年に福岡市・天神で誕生した当館が、60年10月に大濠に移転してから60年の「還暦」です。当館は日米同盟60年の歴史とともに成長してきました。

 九州で最初に米国領事館が開設されたのは1859年、当時の海外交易拠点の長崎でしたが、日米関係の悪化に伴い1941年に閉鎖されました。戦後の50年8月、福岡市大名町に米国領事駐在所を開設。52年4月28日の講和条約発効と同時に、天神の「ホワイトハウス」と呼ばれた白い建物で同駐在所から在福岡米国領事館へ切り替えられ、福岡アメリカ文化センターも併設されました。60年に大濠に移転して現在に至ります。

 かつて首席領事の住居は福岡市南区高宮にありましたが、82年に現在の領事館敷地内に建てられました。以来、大濠公園に隣接する当館は、領事にとって仕事と家族との生活の場となりました。この好環境は世界中の米国大使館・領事館でもほとんどなく、福岡で勤務した歴代の領事は今でも大濠でのよき思い出を大切にしています。

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 天神の「ホワイトハウス」には54年2月に新婚旅行で来日したマリリン・モンローが来館しました。モンローは現在の海の中道海浜公園に72年まであった米空軍基地も訪ねたと聞き、今年2月に西戸崎地区の方々に話を伺いに行きました。当時、同地区は米国の雰囲気に満ちあふれ住民と米兵との懇親があったことや、今も交流が続いていると知り感動しました。

 「還暦」は60年で干支(えと)が一巡して誕生年の干支に戻る新たなスタートの年を意味すると習いました。私は記念すべき年の首席領事として、九州と米国の絆をさらに深める決意を新たにしています。

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 在福岡米国領事館のジョン・テイラー首席領事(53)のコラムです。随時掲載。

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